暑熱による牛の死亡・廃用事故は令和7年度に全国で1,200頭発生し、乳量や受胎率の低下を含めると被害はさらに広がります。対策の基本は、換気扇や細霧装置で家畜の体感温度を下げることと、日よけ・断熱材で畜舎に熱を入れないことの2つで、夏前からの準備がそのまま夏の成績を左右します。送風機・細霧装置・断熱材などの導入には、補助率2分の1以内の支援を受けられます。この記事では、乳牛・肉用牛・豚・鶏に共通する対策の基本と、使える支援事業をまとめます。公募時期や採択条件の最新情報は、農林水産省の一次情報でご確認ください。
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 酪農家、肉用牛の繁殖・肥育農家、養豚・養鶏農家と、地域で支えるJA・自治体の畜産担当です。 |
| 何が起きるか | 食欲不振、乳量・受胎率の低下、乳用牛の分娩間隔のズレ、家畜の死亡です。令和7年度は牛1,200頭が暑熱で死亡・廃用になりました。 |
| 対策 | 換気扇・扇風機による送風、散水・散霧、日よけや断熱材の設置、飼育密度の緩和、消化のよい飼料と清浄で冷たい水の給与を、夏前から進められます。 |
| 支援 | 畜産クラスター事業、生乳暑熱対応推進緊急対策、肉用牛経営安定対策補完事業で設備・資材の導入費用の支援を受けられます(補助率2分の1以内など)。死亡・廃用の損害は家畜共済の対象です。 |
| 詳しくは | 都道府県・市町村の畜産担当、JA、地域の畜産クラスター協議会に相談できます。公募情報は農林水産省とALICのページで確認できます。 |
畜舎と家畜を冷やす基本の対策
家畜は人より低い温度で暑さを感じ始めます。乳牛は約19度、豚は約22度、鶏は約26度が目安で、梅雨明けを待たずにストレスがかかり始めます。乳牛では気温だけでなく湿度も効き、両方を合わせた温湿度指数(THI)が目安になります。THIが72前後を超えると乳量の低下が明確になり、気温が快適域でも湿度が高いとTHIは上がります。食欲が落ちて増体や産卵が鈍り、受胎率が下がり、乳用牛では分娩間隔がずれて翌年の生乳生産にまで影響が及びます。対策の準備は、夏が本格化する前から始めましょう。
対策の柱の1つは、家畜の体感温度を下げることです。換気扇や扇風機で畜体に風を当て、散水や細霧装置による散霧を組み合わせると、気化熱で体感温度を下げられます。送風の効果は大きく、牛体に風速毎秒2メートルの風を当てると体感温度は約8度、毎秒3メートルで約10度下がります。飼育密度の緩和も、畜舎内の熱こもりを抑える有効な手段です。
もう1つの柱は、畜舎に熱を入れないことです。寒冷紗やよしずによる日よけ、屋根裏・壁・床への断熱材の設置、屋根への消石灰の塗布で、畜舎環境を改善できます。屋根対策は工事を伴うため、春から初夏のうちに済ませておきたい取組です。
飼養管理では、良質で消化率の高い飼料の給与、ビタミン・ミネラルの追給、清浄で冷たい水の給与が基本です。泌乳牛は夏に飲水量が増え、日乳量30キログラムの牛では1日約120リットルもの水を飲むため、ウォーターカップの点検・清掃で十分に飲める状態を保ちましょう。あわせて観察の回数を増やし、健康悪化の兆候を早くつかみましょう。これらの対策は牛・豚・鶏に共通で、農林水産省は令和8年4月28日にも技術指導の徹底を求める通知を出しています。
酪農は繁殖面の対策もあわせて
夏の酪農経営で特に痛手になるのが受胎率の低下です。基本の暑熱対策を講じたうえで、獣医師による検診やホルモン剤の利用による発情周期のコントロールに取り組めます。さらに、暑熱期に受胎率が下がりやすい人工授精から、比較的高い受胎率を確保できる受精卵移植への転換も選択肢です。夏に受胎させられれば、翌年の需要期の生乳生産増につながります。この転換には生乳暑熱対応推進緊急対策の奨励金を活用できます。
設備・資材の導入に使える支援事業
暑熱対策の設備・資材の導入費用には、次の支援事業を活用できます。
| 事業名 | 対象 | 主な支援内容 | 補助率・単価 |
|---|---|---|---|
| 畜産クラスター事業 | 牛・豚・鶏を含む畜産農家等 | 省エネ型の送風機・細霧機等の導入、断熱性能を高める畜舎の補改修 | 2分の1以内 |
| 生乳暑熱対応推進緊急対策 | 酪農家 | 日よけ・断熱材・換気扇・散水装置等の導入、夏季の受精卵移植への転換 | 資材・機器は2分の1以内、奨励金は1回1万円 |
| 肉用牛経営安定対策補完事業 | 肉用牛繁殖経営(生産者集団・農協等) | 簡易牛舎の整備、遮熱塗料・断熱屋根材等の資材支給、換気扇・細霧装置等の導入 | 2分の1以内 |
畜産クラスター事業
地域の畜産クラスター協議会が策定する計画に基づき、収益力強化に必要な施設整備や機械導入の支援を受けられます。令和7年度補正予算で予算が増額され、暑熱対策では省エネ型の送風機や細霧機等の導入、断熱性能の追加などの畜舎の補改修が対象です。施設整備・機械導入とも補助率は2分の1以内で、畜種を問わず活用できます。事業予算は令和7年度補正で534億円(所要額)です。参加には協議会のクラスター計画に位置づけられる必要があるため、市町村・都道府県の畜産担当か地域の協議会に相談しましょう。
生乳暑熱対応推進緊急対策
令和7年度補正予算で新設された酪農向けの対策です(予算は133億円の内数)。乳用牛の飼養環境の改善に必要な日よけ、屋根の断熱材、壁型換気扇、散水装置などの資材・機器の導入に、2分の1以内の補助を受けられます。
夏季受精卵活用奨励事業では、6月から9月までの間に人工授精から受精卵移植へ転換すると、1回1万円(1頭当たり2回まで)の奨励金を受けられます。対象受精卵はホルスタイン又は交雑種で、和牛受精卵は対象外です。資金は国からALIC、民間団体等、生産者団体等を通じて酪農家に交付されるため、申込みは所属する生産者団体・指定団体の案内で確認できます。このほか、暑熱対策技術の普及セミナーや事例集の作成も事業に含まれます。
肉用牛経営安定対策補完事業
肉用牛の繁殖経営向けのALIC事業です(令和8年度は42億円の内数)。生産者集団や農協、農協連、公社、一般社団法人等が行う簡易牛舎(育成牛舎を含む)の整備、施設改造に必要な資材の支給、換気扇・細霧装置・子牛用ヒーターなどの機器導入に、2分の1以内の補助を受けられます。1経営当たりの上限額は換気扇100万円以内、細霧装置100万円以内、子牛用ヒーター70万円以内です。簡易牛舎の整備は1平方メートル当たり3万5,000円以内(特認4万円以内)、資材の支給は1平方メートル当たり1万円以内が基準単価です。
令和8年度から使いやすくなりました。従来の増頭要件が廃止され、分娩間隔の短縮や子牛の事故率低下といった生産性向上に取り組めば支援を受けられます。面積当たりの上限単価は2万9,000円から3万5,000円に引き上げられ、遮熱塗料・断熱屋根材・寒冷紗・すだれなどの暑熱対策資材が支援対象に加わりました。申請は生産者集団・農協等の単位で行い、参加時には生産性向上計画の作成が必要です。まずはJAに確認しましょう。
家畜共済
対策を尽くしても、熱射病や日射病による死亡・廃用のリスクはゼロにできません。家畜共済に加入していれば、こうした損害に共済金で備えられます。国が公表する暑熱被害の統計も家畜共済のデータから集計されています。補償内容や掛金は、地域の農業共済組合で確認できます。
暑熱被害はどれだけ出ているか
令和7年の夏(6月から8月まで)の平均気温は、明治31年の統計開始以降で最も高くなりました。最高気温35度以上の猛暑日を観測した地点は、令和7年度に延べ9,920地点にのぼります。
家畜共済のデータでは、熱射病・日射病による牛の死亡・廃用事故は令和5年度1,645頭、令和6年度1,547頭、令和7年度1,200頭(暫定値。内訳は乳用牛844頭、肉用牛356頭)と、毎年1,000頭超の水準が続いています。猛暑の年ほど被害が多くなる傾向があります。この数字は家畜共済に加入している家畜だけの集計で、国内すべての被害を表すものではありません。死亡・廃用に至らない乳量・受胎率の低下まで含めれば、暑熱はすべての畜産経営に関わる経営リスクです。
いま確認しておきたいこと
- 換気扇・細霧装置の点検と、日よけ・断熱材の設置は、夏が本格化する前に済ませましょう。
- 設備の導入・更新を考えているなら、市町村・都道府県の畜産担当か地域の畜産クラスター協議会に、クラスター計画への位置づけを相談しましょう。
- 酪農家は、資材・機器の導入支援と夏季(6月から9月まで)の受精卵移植の奨励金について、所属する生産者団体・指定団体の案内を確認しましょう。
- 肉用牛の繁殖経営は、農協など生産者集団の単位で申請するため、JAに事業への参加を確認しましょう。
- 万一に備え、家畜共済の加入状況と補償内容を農業共済組合で確かめましょう。
キーワード解説
THI(温湿度指数)
気温と湿度を組み合わせて暑さのストレスを表す指標で、Temperature-Humidity Indexの略です。乳牛ではTHIが68から72を超えるあたりから乳量の低下が認められ、72前後を超えると低下が明確になります。気温が快適域でも湿度が高いとTHIは上がるため、風通しをよくして湿度をこもらせないことが対策の基本です。
細霧装置
ノズルから細かい霧を噴射し、蒸発するときの気化熱で畜舎内や家畜の体感温度を下げる装置です。換気扇・扇風機の送風と組み合わせると効果が高まります。畜産クラスター事業や肉用牛経営安定対策補完事業の支援対象です。
受精卵移植
受精卵を雌牛の子宮に移植して受胎させる繁殖技術です。暑熱期に受胎率が下がりやすい人工授精と比べ、夏でも比較的高い受胎率を確保できます。生乳暑熱対応推進緊急対策では、夏季の人工授精からの転換に1回1万円の奨励金を受けられます。
畜産クラスター協議会
畜産農家とJA・自治体・関連事業者など地域の関係者が連携して収益力向上を目指す体制で、収益力強化の計画(畜産クラスター計画)を策定します。畜産クラスター事業の施設整備・機械導入の支援は、この計画に基づいて受けられます。
ALIC(農畜産業振興機構)
畜産・野菜などの振興業務を担う独立行政法人です。生乳暑熱対応推進緊急対策や肉用牛経営安定対策補完事業では、国の資金がALICを通じて団体経由で生産者に交付されます。
家畜共済
農業共済組合(NOSAI)が実施する、家畜の死亡・廃用や病傷の損害に備える共済制度です。熱射病・日射病による死亡・廃用事故も対象で、国の暑熱被害統計はこの共済データを基に集計されています。
よくある質問
暑熱対策はいつから始めればよいですか
夏が本格化する前から始めましょう。家畜は乳牛で約19度、豚で約22度、鶏で約26度と、梅雨明けを待たずに暑さを感じ始めます。屋根への断熱材や遮熱塗料の施工など工事を伴う対策は、春から初夏のうちに済ませられます。換気扇・細霧装置の点検や日よけの設置も、暑くなってからでは間に合わないため早めに準備できます。
THIがどのくらいから危険ですか
乳牛では温湿度指数(THI)が68から72を超えるあたりから乳量の低下が認められ、72前後を超えると低下が明確になります。THIは気温と湿度から決まるため、気温が快適域でも湿度が高いと危険域に入ります。畜舎の風通しをよくして湿度をこもらせないことと、送風で体感温度を下げることで、暑熱ストレスを和らげられます。
畜種や経営規模によってどの支援事業を使えますか
畜種を問わず使えるのが畜産クラスター事業で、地域の畜産クラスター協議会の計画に位置づけられれば、送風機・細霧機の導入や畜舎の断熱改修に補助率2分の1以内の支援を受けられます。酪農家は生乳暑熱対応推進緊急対策で資材・機器の導入と夏季の受精卵移植への転換支援を、肉用牛の繁殖経営は肉用牛経営安定対策補完事業で簡易牛舎や暑熱対策資材の支援を受けられます。まずは市町村・都道府県の畜産担当やJAに相談できます。
牛が熱中症で倒れたらどう応急対応すればよいですか
呼吸が速い、体温が上がる、大量のよだれ、目の充血といった症状が出たら、すぐに対応しましょう。四肢から胸へ徐々に水をかけて体を冷やし、冷水を飲ませ、送風して体温を下げながら、獣医師の診察を受けられます。高泌乳牛や分娩前後の牛、肥満の牛、乳房炎などの基礎疾患がある牛は特に重症化しやすいため、早めの観察と対応が肝心です。対策を尽くしても死亡・廃用に至った損害は家畜共済で備えられます。