高温による品質低下や豪雨災害、受粉を担う昆虫の減少など、気候変動と生物多様性の損失は農業の足元を直接揺さぶり始めています。だからこそ農業には、温室効果ガスを減らし変化に適応する「気候変動への対応」と、農地の生きものを守り活かす「生物多様性への対応」の両方が求められます。この記事では、なぜ対応が必要なのか、緩和(GHG削減)と適応で何に取り組むのか、生物多様性保全では何をするのかを、みどりの食料システム戦略との関係や現場でできることまで、わかりやすく整理します。

この記事でわかること

読者の疑問 この記事の答え
なぜ農業に対応が必要なのか 高温による品質低下や災害の頻発が農業の生産基盤を脅かし、受粉や土壌形成などの生態系サービスも生物多様性の損失で揺らいでいるためです。農業は影響を受ける側であると同時に、対策で貢献できる立場でもあります。
気候変動には何をするのか 温室効果ガスを減らす緩和中干し延長・秋耕、施設や機械の省エネ、畜産の排出削減)と、変化に備える適応高温耐性品種の導入など)の両面で取り組みます。
生物多様性には何をするのか 有機農業や冬期湛水、化学肥料・化学農薬の使用量低減、自然共生サイトや水辺の生態系ネットワーク保全など、農地の生きものを守り活かす取組を進めます。
誰が・どこを目指すのか 主役は農林漁業者で、国(農林水産省)が都道府県・研究機関・企業と支援します。2050年ネット・ゼロや2030年の30by30目標などに向け、J-クレジットで収入につなげる道もあります。

なぜ農業に気候変動・生物多様性への対応が必要なのか

農業は、気候変動の影響を最も受けやすい産業の一つです。夏の高温は水稲の白未熟粒など玄米品質の低下を招き、果樹や野菜でも着色不良や生育障害が広がっています。豪雨や干ばつといった極端な気象は、収穫量を不安定にし、産地の経営を直撃します。気候変動への対応は、もはや将来の備えではなく、いまの収益と産地を守るための実務です。

同時に農業は、気候の安定、水の浄化、受粉、土壌形成といった生態系サービスに支えられて成り立っています。これらを担う生きものが減れば、農業の生産基盤そのものが揺らぎます。生物多様性の損失を止め、回復に転じるネイチャーポジティブ(自然再興)の考え方は、令和4(2022)年12月のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組に取り入れられ、国際的な約束になりました。

農業は影響を受ける側であると同時に、温室効果ガスの削減や生きものを育む営農を通じて、課題の解決に貢献できる立場でもあります。次の章から、気候変動と生物多様性のそれぞれについて、何にどう取り組むのかを見ていきます。

気候変動への対応:緩和と適応

気候変動への対応は、温室効果ガス(GHG)の排出を減らす緩和と、すでに起きている変化に備える適応の二本柱で進みます。まず緩和から見ていきます。

緩和:温室効果ガスを減らす取り組み

政府は令和7(2025)年2月、2050年ネット・ゼロの実現に向け、令和17(2035)年度に平成25(2013)年度比60%、令和22(2040)年度に73%の温室効果ガス削減を目指す地球温暖化対策計画を閣議決定しました。農業分野もこの目標の一翼を担います。

農林水産省はみどりの食料システム戦略等に基づき、施設園芸や農業機械の省エネルギー化、バイオ炭の農地施用などを進めています。稲作では中干し期間の延長や秋耕などメタン発生抑制に資する栽培技術の普及と、グリーンな栽培体系への転換支援を行っています。畜産分野では家畜排せつ物管理の見直し、アミノ酸バランス改善飼料の給餌、消化管内発酵抑制資材の普及を進め、J-クレジット制度も活用しています。

電動草刈機と自動操舵システムの普及率の推移を示す折れ線グラフ(電動草刈機23.7%・自動操舵7.8%へ上昇)と、青森県つがる市・小笠原農園でバイオ炭を混ぜた堆肥の写真。
令和6年度 食料・農業・農村白書

農業機械の電化も緩和の柱です。令和5(2023)年の電動草刈機普及率は前年比4.1ポイント上昇の23.7%自動操舵システムは1.7ポイント上昇の7.8%になりました。みどりの食料システム戦略では令和12(2030)年に両者の普及率50%を目指し、電化・水素化等の技術による燃料使用量削減を担い手へ普及します。機械の省力化と燃料削減は、スマート農業の流れとも重なります(スマート農業の動向はこちら)。

現場の好事例として、青森県つがる市の株式会社小笠原農園は、間伐材由来の「青い森エコ炭」を堆肥に混ぜて水田に活用し、中干し期間の延長や農薬・化学肥料の低減と併せて温室効果ガス削減に取り組んでいます。地域の慣行的栽培と比べ10a当たりの削減貢献率は63.8%に達し、等級ラベル(みえるらべる)の取得につながりました。

適応:高温に負けない品種と技術

園芸用施設の加温設備の種類別設置面積の推移グラフと、水稲の高温耐性品種の作付割合の推移グラフ(令和6年産で16.2%まで上昇)。
令和6年度 食料・農業・農村白書

適応は、高温などの変化に農業の側が備える取組です。「農林水産省気候変動適応計画」に基づき、高温障害への対応が進んでいます。水稲の高温耐性品種の作付割合は令和6(2024)年産で16.2%まで上昇しました。農研機構は「にじのきらめき」(水稲)、「夏もえか」(ネギ)、「紅みのり」「錦秋」(リンゴ)、「グロースクローネ」(ブドウ)などの品種を開発しています。高温に強い品種への切り替えは、産地が今すぐ検討できる代表的な適応策です。

施設園芸では、加温設備の化石燃料依存が大きいことが課題です。令和5(2023)年の加温面積16,512haのうちハイブリッド型園芸施設等11.6%にとどまります。環境負荷低減と収益性向上を両立した持続可能な施設への転換が、緩和と適応の両面で重要になります。

研究開発も前進しています。国際農研はCIMMYT等と共同で、BNI(生物的硝化抑制)強化コムギの開発に世界で初めて成功しました。標準より6割少ない窒素肥料でも従来品種と同等の生産性を示し、窒素肥料由来の水質汚濁や温室効果ガスの排出削減が期待できます。令和6(2024)年11月のCOP29では、BNI技術を始めとした緩和技術の普及に関する取組を発信しました。

J-クレジットで削減を収入につなげる

J-クレジット制度の農業関連の登録プロジェクト数が年々累積で増えていることを示す棒グラフ。
令和6年度 食料・農業・農村白書

削減への取組は、コストで終わらせず収入につなげる道があります。2050年ネット・ゼロの実現に向け、森林・農地・藻場等の吸収・削減取組をJ-クレジット制度で民間投資につなげるグリーントランスフォーメーション(GX)が進んでいます。

J-クレジット制度は経済産業省・環境省・農林水産省の3省が運営し、令和7(2025)年3月末時点で72の方法論が承認されています。農業分野では「水稲栽培における中干し期間の延長」「肉用牛へのバイパスアミノ酸の給餌」など6方法論が対象です。登録プロジェクトは累計706件、うち農業者が取り組むものは再エネ・省エネ分野を含め47件、農業分野の方法論を用いたものは37件です。

令和6(2024)年度には中干し延長22件、バイオ炭農地施用9件などが新たに登録され、令和7(2025)年1月には東京証券取引所のカーボン・クレジット市場に農業の取引区分が新設されました。削減の取組が市場で評価される環境が整いつつあります。

鹿児島県の畜産GXの事例紹介。牛用アミノ酸リジン製剤を活用して飼養される肉用牛の写真と鹿児島県の地図。
令和6年度 食料・農業・農村白書

畜産でも具体策が動いています。鹿児島県は温室効果ガス排出量の約2割が畜産由来(うち約6割が牛由来)であることを踏まえ、令和6(2024)年4月から味の素株式会社、畜産関係団体、鹿児島大学、金融機関等と産学官金の連携協定を締結し、畜産GXを推進しています。

牛用アミノ酸リジン製剤の6か月間試験では全頭平均約9kgの体重増加が確認されました。同じ枝肉重量で早期出荷すれば飼養期間を約1か月短縮でき、1頭当たり0.25t程度の温室効果ガス削減が可能です。「肉用牛へのバイパスアミノ酸の給餌」はJ-クレジットの方法論として承認されており、クレジット売却益を畜産農家へ還元する仕組みを目指しています。

令和7(2025)年2月には、ADBと連携したフィリピンにおける間欠かんがい(AWD)による水田メタン削減に関する二国間クレジット制度(JCM)の方法論が正式承認され、農業分野のJCMが始動しました。

生物多様性への対応:保全・有機・IPM

生物多様性への対応は、農業を支える生きものを守り、活かす取組です。前述のとおり農林水産業は気候安定、水の浄化、受粉、土壌形成などの生態系サービスに支えられています。ネイチャーポジティブの考え方を受け、農林水産省は「農林水産省生物多様性戦略」を令和5(2023)年3月に改定し、2030年30by30目標(陸と海それぞれ30%以上の保全)などに沿って取組を進めています。

自然共生サイトに認定されたシャトー・メルシャン椀子ヴィンヤード(長野県上田市)のぶどう畑と周囲の自然環境の写真。
令和6年度 食料・農業・農村白書

具体的な施策として、環境省は令和5(2023)年度から民間等の取組区域を国が認定する自然共生サイトを開始しました。令和6(2024)年度までに全国328か所が認定されています。令和6(2024)年4月には企業等による生物多様性増進活動を促進する法律が公布され、計画認定制度や手続のワンストップ化等が整備されます。

農地が生物多様性に貢献する好例もあります。長野県上田市のシャトー・メルシャン 椀子ヴィンヤード(キリンホールディングス)は遊休荒廃地をぶどう畑に転換し、下草管理で多様な生態系を育む環境を作り、自然共生サイトに認定されました。昆虫168種、植物288種が確認され、地元小学校との環境教育も行われています。

営農のレベルでは、農林水産省は有機農業や冬期湛水管理など生物多様性保全に効果の高い営農活動を支援するとともに、病害虫を多角的に抑える総合的病害虫・雑草管理(IPM)のように、化学肥料・化学農薬の使用量低減に資する技術の導入を促進しています。有機農業を地域ぐるみで進める動きについては、有機農業の産地づくりの広がりはこちらもあわせてご覧ください。

魚類の産卵場・避難場になるワンド工の水辺と、魚類の移動経路を確保する水田魚道(水路)の写真。
令和6年度 食料・農業・農村白書

農村の水辺環境では、河川・水田・水路・ため池等を途切れなく結ぶ生態系ネットワークの保全が必要です。農林水産省は農業農村整備事業において生態系に配慮した技術指針を整備し、魚類の産卵場・避難場となるワンド工水田魚道など、地域住民の理解・参画を得ながら計画的に推進しています。

みどりの食料システム戦略との関係

ここまでの取組をひとつにつなぐのが、みどりの食料システム戦略(みどり戦略)です。みどり戦略は、2050年カーボンニュートラルに向けて、温室効果ガスの排出削減・吸収、気候変動適応、生物多様性保全を一体的に進める農林水産分野の総合戦略です。

本記事で見てきた電動草刈機・自動操舵システムの普及率50%(令和12年)という目標や、中干し延長・バイオ炭などの緩和策、高温耐性品種による適応、有機農業の拡大による生物多様性保全は、いずれもみどり戦略の枠組みのもとで位置づけられています。気候変動と生物多様性への対応は別々の課題ではなく、持続可能な食料システムをつくるという一つのゴールに向かう取組として、みどり戦略が束ねています。

現場でできること

気候変動・生物多様性への対応は、大きな政策目標であると同時に、産地や経営の一歩から始められる取組でもあります。これまでの内容を、現場で検討しやすい形に整理します。

  • 緩和(GHG削減):水稲なら中干し期間の延長や秋耕でメタン発生を抑え、施設・機械は省エネ化・電化を進めます。バイオ炭の農地施用も有効です。
  • 適応(変化への備え):高温で品質が落ちやすい品目は、高温耐性品種への切り替えを検討します。
  • 生物多様性:有機農業や冬期湛水、IPMによる化学肥料・化学農薬の使用量低減で、農地の生きものを守ります。水辺の保全や自然共生サイトの認定も選択肢です。
  • 収入につなげる:削減の取組はJ-クレジットでクレジット化し、売却益を得る道があります。中干し延長など対象の方法論を確認します。

よくある質問

農業の気候変動対策とは何ですか

温室効果ガスの排出を減らす「緩和」と、高温などの変化に備える「適応」の両方を指します。緩和では中干し延長・秋耕、施設や機械の省エネ・電化、畜産の排出削減などに取り組みます。適応では高温耐性品種の導入などを進めます。みどりの食料システム戦略のもとで一体的に推進されています。

緩和と適応はどう違いますか

緩和は、温室効果ガスの排出そのものを減らして気候変動の進行を抑える取組です。中干し延長やバイオ炭、省エネ機械などが当たります。適応は、すでに起きている高温や災害に農業の側が備える取組で、高温耐性品種への切り替えなどが代表例です。両方を組み合わせることが重要です。

農業は生物多様性とどう関わりますか

農業は、受粉や土壌形成、水の浄化といった生態系サービスに支えられて成り立っています。一方で、有機農業や冬期湛水、化学肥料・化学農薬の使用量低減などを通じて、農地の生きものを守り育てることもできます。農業は生物多様性に支えられると同時に、その保全に貢献できる立場にあります。

みどりの食料システム戦略との関係はどうなっていますか

みどりの食料システム戦略は、温室効果ガスの削減・吸収、気候変動適応、生物多様性保全を一体的に進める総合戦略です。本記事で扱う緩和・適応・生物多様性保全の取組は、いずれもこの戦略の枠組みのもとに位置づけられています。電動草刈機等の普及率50%(令和12年)などの目標も、みどり戦略が掲げるものです。

取り組みを収入につなげる方法はありますか

J-クレジット制度を使うと、温室効果ガスの排出削減・吸収の取組をクレジットとして認証してもらい、売却して収入を得ることができます。農業分野では中干し延長やバイパスアミノ酸給餌など6方法論が対象で、東京証券取引所のカーボン・クレジット市場には農業の取引区分も新設されました。

次の一歩

まずは自分の品目と地域で、緩和・適応・生物多様性のどこから着手できるかを見極めましょう。水稲なら中干し期間の延長から、品質低下が課題なら高温耐性品種の導入から始めるのが現実的です。具体的な技術や支援は、お住まいの都道府県・市町村やJA、農研機構の品種情報を確認し、みどりの食料システム戦略の関連事業もあわせて活用しましょう。削減の取組をクレジット化したい場合は、J-クレジット制度の対象方法論を確認することから始めてください。

キーワード解説

みどりの食料システム戦略(みどり戦略)

2050年カーボンニュートラルに向けた農林水産分野の総合戦略です。温室効果ガス排出削減・吸収、気候変動適応、生物多様性保全などを一体的に推進します。

中干し期間

水稲栽培期間中、出穂前に一度水田の水を抜いて田面を乾かす作業です。過剰な分げつ防止に加え、稲わら分解によるメタン発生抑制にも資します。J-クレジットの方法論にもなっています。

J-クレジット制度

温室効果ガスの排出削減・吸収量を国がクレジットとして認証し、取引を可能とする制度です。農林漁業者等が削減取組をクレジット化して売却し、収入を得ることができます。

高温耐性品種

高温下でも玄米品質や収量が低下しにくい水稲品種です。都道府県から報告のあった品種が対象となり、主食用作付面積に占める割合が年々上昇しています。

BNI(生物的硝化抑制)

Biological Nitrification Inhibitionの略で、植物自身が根から物質を分泌し、土壌中の硝化を抑制する働きです。BNI強化作物の開発により、少ない窒素肥料での生産が期待されています。

ネイチャーポジティブ

生物多様性の損失を止めるだけでなく、回復に転じる考え方です。昆明・モントリオール生物多様性枠組の2030年ミッションに取り入れられています。

自然共生サイト

環境省が民間等の取組により生物多様性保全が図られている区域として認定する仕組みです。保護地域との重複を除き、OECMとして国際データベースに登録されます。