収穫した野菜や果物を自分の手で売りたいと考えたとき、最初に浮かぶ不安は「許可がいるのか」です。結論から言うと、自分で育てた生鮮の農産物をそのまま売るだけなら、食品衛生法の営業許可も届出も原則不要で、今日から準備を始められます。この記事では、許可・届出の整理、商品と販売ページに必要な表示、自社サイト・産直ECモール・SNSという販路の選び方、配送と税の基本までを、始める順番に沿って解説します。
概要
農産物のネット販売に許可は必要か
食品を売る仕事には許可や資格が付き物に見えますが、生鮮の農産物を自分で育てて売る場合は例外的に身軽です。境界線は「生鮮のまま売るか、加工して売るか」にあります。
生鮮の野菜・果物は営業許可も届出も原則不要
食品衛生法は「農業及び水産業における食品の採取業」を営業の定義から除いています。自分の畑で育てた野菜や果物を収穫し、選別や袋詰めをしてそのまま販売する行為はこの採取業にあたり、保健所の営業許可も営業届出も必要ありません。売り先がネットでも直売所でも、この整理は変わりません。
ただし、許可が不要でも、食品を扱う事業者としての安全への責任は残ります。収穫後の温度管理や異物混入の防止など、基本の衛生管理は自分の責任で行いましょう。乾燥やカットなど収穫後の手の加え方によっては保健所の判断が分かれる場合があるため、生鮮のまま売る以外の構想があるときは、管轄の保健所に早めに相談するのが確実です。
ジャム・漬物など加工品は営業許可・届出が必要
ジャムや漬物、ピクルス、ドライフルーツの加工など、製造・加工に踏み込むと必要な手続きが変わります。食品衛生法は漬物製造業や密封包装食品製造業を含む32業種を許可業種と定めており、施設基準を満たした加工場と食品衛生責任者の設置が前提になります。品目や製法によっては、許可ではなく届出で足りる場合もあります。
何が許可で何が届出かは品目ごとに決まるため、加工品を売りたい人は構想段階で保健所に相談しましょう。許可の種類や費用、加工場の要件は加工品の販売許可の解説記事で詳しく扱います。
米を売るときは食糧法の届出に注意
米も生鮮の農産物として営業許可は不要ですが、別枠の制度があります。主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律、いわゆる食糧法は、年間20精米トン以上の米穀の出荷・販売を行う事業者に、地方農政局等への届出と帳簿の備え付けを義務付けています。逆に言えば、年間20精米トン未満の小規模なネット販売なら、この届出は不要です。
なお、取扱数量にかかわらず、米トレーサビリティ法に基づく産地情報の伝達と取引記録には対応が必要です。販売ページや商品への産地の明記は、次に述べる食品表示と合わせて準備しましょう。
ネット販売に必要な二つの表示
許可が不要でも、表示は省けません。ネット販売では「届く商品への表示」と「販売ページへの表記」の二本立てで考えると整理しやすくなります。
食品表示基準に基づく表示
食品表示法に基づく食品表示基準により、容器包装に入れて販売する生鮮食品には、名称と原産地の表示が必要です。袋詰めのほうれんそうなら「ほうれんそう」「〇〇県産」のように、商品そのものに表示します。ネット販売は商品を容器包装に入れて消費者へ届ける販売形態なので、この表示が基本になります。
一方、注文画面そのものは食品表示基準が義務付ける表示媒体ではありません。それでも消費者庁は「インターネット販売における食品表示の情報提供に関するガイドブック」を公表し、注文前の画面でも商品と同じ表示情報を提供する取組を勧めています。産地・品種・収穫時期を画面に書くことは読者の信頼に直結するため、義務の有無にかかわらず載せましょう。表示制度の全体像は食品表示法の基礎の解説記事をご覧ください。
特定商取引法に基づく表記
ネット販売は特定商取引法の「通信販売」にあたります。同法は販売ページなどの広告に、事業者の氏名または名称・住所・電話番号、販売価格と送料、代金の支払時期と方法、商品の引渡時期、申込みの撤回や解除に関する事項などの表示を求めます。返品特約を定める場合は、その内容も表示事項に含まれます。
多くのネットショップ作成サービスや産直ECモールには「特定商取引法に基づく表記」の入力欄が用意されており、項目を順に埋めれば形になります。生鮮品で特に重要なのが返品の扱いです。「生鮮食品のため原則返品不可。ただし傷みや品違いは到着後〇日以内の連絡で交換」のように、自分の運用ルールを先に決めて明記しましょう。あいまいなまま販売を始めると、トラブル対応の基準を毎回その場で決めることになります。
販路の選び方
許可と表示の準備ができたら、どこで売るかを決めます。販路は大きく自社サイト・産直ECモール・SNSの3類型に分かれ、集客の仕組みと手間のかかり方が異なります。
| 販路 | 特徴 | 集客 | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| 自社サイト | ネットショップ作成サービスで自分の店を持つ。価格や見せ方の自由度が高い | 自力で集める。SNSや検索からの誘導が前提 | ファンを育てて長く売りたい人 |
| 産直ECモール | 産地直送に特化した市場に出店し、生産者ページで売る | モールが集客する。出品者どうしの比較はされる | まず売れる経験を早くつかみたい人 |
| SNS販売 | 日々の発信で関係を築き、決済リンクや注文フォームで売る | フォロワーとの関係がそのまま販路になる | 発信が好きで畑の日常を見せられる人 |
初めての1箱を売る難易度が最も低いのは、購入意欲の高い客が集まる産直ECモールです。まずモールで梱包・発送・顧客対応の型をつくり、リピーターが見え始めたら自社サイトやSNSを足して手数料負担を分散させる、という段階的な組み合わせが現実的です。手数料率や規約は販路ごとに異なり改定もあるため、出店前に各サービスの最新の料金案内をご覧ください。なお、ネット販売と並ぶ身近な販路である直売所への出荷は直売所出荷の解説記事で比較できます。
配送と品質保持の注意点
生鮮のネット販売は、味の勝負である前に時間の勝負です。市場出荷と違い、収穫から食卓までの全行程を自分で設計します。
第一に、収穫から発送までの時間を短くします。注文を受けてから収穫する受注収穫を基本にし、配送日数が長い地域への出荷は曜日を絞るなど、到着時の鮮度から逆算して出荷日を設計しましょう。第二に、温度帯の使い分けです。葉物や果物の多くは夏場はクール便が前提になり、常温で送れる品目でも高温期は劣化が早まります。送料は上がりますが、傷んだ商品が届く損失のほうが大きいと考えましょう。
梱包は「つぶれ」と「蒸れ」の両方への対策が要点です。緩衝材で固定しつつ通気を確保し、葉物は立てて詰めるなど品目に合わせて工夫します。受取側の事情も品質を左右するため、到着日時の指定を促し、長時間の不在で再配達になると傷む旨を販売ページに書いておきましょう。それでも傷みは一定の確率で起きます。写真を送ってもらい交換や返金で対応する、という基準をあらかじめ決めて特定商取引法の表記と揃えておけば、対応に迷いません。
税・インボイスとの関係
ネット販売の売上は農業の事業所得として確定申告の対象です。販路ごとの売上明細と送料・梱包資材などの経費を記帳しておけば、申告はぐっと楽になります。最大65万円の特別控除がある青色申告の仕組みは青色申告の解説記事で詳しく解説しています。
消費税については、基準期間の課税売上高が1,000万円以下であれば原則として免税事業者です。インボイス制度は、買い手が事業者で仕入税額控除を必要とする場合に関わる仕組みなので、消費者への直販が中心なら登録しない選択も現実的です。飲食店や小売店への販売を広げる段階になったら、取引先の意向を聞いたうえで登録の要否を検討しましょう。判断に迷うときは税務署や税理士の案内をご覧ください。
よくある質問
家庭菜園で育てた野菜を売るときも許可は不要ですか
不要です。自分で育てた生鮮の農産物の販売は、規模を問わず食品衛生法上の採取業の整理になり、営業許可も届出も必要ありません。ただし反復継続して売るなら事業者として扱われるため、食品表示や特定商取引法に基づく表記は同じように必要です。
ネット販売だから必要になる資格はありますか
生鮮の農産物に限れば、ネット販売だからといって増える資格や許可はありません。必要になるのは商品と販売ページの表示、そして加工品に踏み込んだときの営業許可・届出です。米だけは年間20精米トン以上で食糧法の届出が必要になります。
ジャムや漬物も一緒に売りたいときは何から始めればよいですか
管轄の保健所への相談から始めましょう。品目と製法で許可か届出かが決まり、許可には施設基準を満たす加工場が必要です。自宅の台所のままでは基準を満たせないことが多いため、設備投資の前に要件を聞いておくのが安全です。
売上が少なくても確定申告は必要ですか
申告の要否は売上ではなく所得、つまり売上から経費を引いた残りで決まります。会社員が副業で売る場合は給与以外の所得が年20万円を超えると所得税の申告が必要です。少額でも初年度から記帳の習慣をつくっておくと、規模拡大や青色申告への移行がスムーズになります。
次の一歩
始め方は次の順番に整理できます。第一に、売る品目と形を決めます。生鮮のみなら許可は不要、加工品を含めるなら保健所に相談しましょう。第二に、販路を一つ選びます。最初の1箱は産直ECモールが売りやすく、梱包と顧客対応の練習にもなります。第三に、特定商取引法の表記と価格・送料・返品ルールをつくり、商品ラベルと梱包資材を準備します。第四に、近距離の知人などへテスト発送をして、到着時の状態を自分の目で見てから本格販売に進みましょう。第五に、初回の出荷と同時に記帳を始め、確定申告に備えます。ネット販売と直売所出荷のどちらから始めるか迷う人は、直売所出荷の解説記事と読み比べて、自分の労力と単価の方針に合うほうから着手しましょう。
キーワード解説
営業届出
食品衛生法に基づき、営業許可の対象ではない食品等事業者が保健所に営業の情報を届け出る制度です。HACCPに沿った衛生管理の制度化に伴って創設されました。農業における食品の採取業は営業の定義から外れるため、許可も届出も対象外です。
食品表示基準
食品表示法に基づいて食品の表示ルールを定めた内閣府令です。容器包装に入れて販売する生鮮食品には名称と原産地の表示を義務付けています。加工食品では原材料名や期限表示など項目が増えます。
特定商取引法
通信販売や訪問販売など、消費者トラブルが生じやすい取引の事業者ルールを定めた法律です。通信販売では、事業者の氏名・住所・電話番号、価格と送料、返品特約などを広告に表示する義務があります。
インボイス(適格請求書)
消費税の仕入税額控除に必要な、登録番号や税率ごとの消費税額を記載した請求書です。税務署に登録した課税事業者だけが交付でき、買い手が事業者の場合に交付を求められることがあります。