市場出荷だけに頼らず、近隣の飲食店やスーパーへ直接納品して販路を広げたい。そう考える農家・農業法人にとって、いまは追い風の時期です。卸売市場法の改正で直荷引きや第三者販売の規制が緩和され、取引の自由度が大きく上がりました。一方で、直接取引は価格も数量も代金回収も、すべて当事者どうしで決めて実行する取引です。この記事では、直接取引の始め方を、相手探しから価格・契約の決め方、リスクへの備えまで順に解説します。
概要
直接取引は「自由に売れる」と同時に「自分で守る」取引です。何を準備し、どこで取り決めるかの全体像を一枚の表にまとめます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 販路を広げたい農家・農業法人(飲食店・スーパー・仲卸業者と取引したい生産者) |
| 何を | 卸売市場のせり・相対を経由しない直接販売。仲卸業者への直接納品(直荷引き)を含む |
| どう始める | 取引相手を探す→サンプルと提案で商談→数量・規格・価格・期間を合意→契約書を交わす |
| 価格の決め方 | 固定価格・市場価格連動・シーズン契約などから品目と相手に合う方式を選ぶ |
| 備え | 欠品時の対応・支払い条件・物流費の負担を契約に明記し、市場出荷など複数販路を残す |
直接取引とは
直接取引とは、農家・農業法人が卸売市場のせりや相対取引を経由せず、飲食店・スーパー・食品加工業者などの実需者と、価格や数量を直接決めて販売する取引です。市場の仲卸業者が、その市場の卸売業者を通さずに産地から直接仕入れる直荷引きも、生産者から見れば直接取引の一つの形です。
長くこの分野には法律上の壁がありました。改正前の卸売市場法は、中央卸売市場について第三者販売の原則禁止、直荷引きの原則禁止、商物一致の原則を定めていました。平成30年に成立し令和2年6月に施行された改正卸売市場法は、これらを市場ごとに判断する「その他の取引ルール」に改め、差別的取扱いの禁止や代金決済方法の策定・公表などの共通ルールだけを全市場に課す仕組みにしました。農林水産省の調査では、7割以上の中央卸売市場がこれらの規制を緩和し、直荷引きを自由または原則自由とする市場は77.5%、第三者販売では72.5%、商物分離取引では90%に達します。東京都中央卸売市場では、青果の仲卸業者による直荷引きが卸売金額の16.3%から18.3%へ増えました(令和元年度から令和4年度)。制度の経緯は卸売市場法改正の解説記事で詳しく扱っています。
需要側にも直接取引を後押しする事情があります。カット野菜や惣菜に使う加工・業務用野菜では国産の割合が68%にとどまり、家計消費用の97%と大きな差があります。国産の安定調達先を探す実需者にとって、産地との直接の結び付きは魅力です。
市場出荷との違い
違いの本質は「市場の機能を誰が担うか」です。卸売市場は、全国から品物を集めて小分けする集分荷、せり・相対による価格形成、決められた方法での代金決済という機能をまとめて提供します。直接取引では、この三つを生産者と買い手が自分たちで担います。
| 項目 | 市場出荷 | 直接取引 |
|---|---|---|
| 価格の決まり方 | せり・相対で日々変動する | 当事者間の合意で決める |
| 販売先の開拓 | 不要。出荷すれば市場が売りさばく | 自分で探し、商談する |
| 数量・規格 | 規格をそろえれば全量を出荷しやすい | 契約した数量・規格のみ。過不足は自分で調整する |
| 代金決済 | 市場の業務規程に基づく決済方法で支払われる | 請求・回収を自分で行う |
| 物流 | 集出荷の仕組みに乗せられる | 配送手段と費用負担を自分で決める |
手取りを増やせる可能性がある一方、価格形成も代金回収も自己責任になります。だからこそ、後述する契約取引の形で条件を文書にしておくことが、直接取引の安定の鍵になります。
始め方の流れ
取引相手を探す
まずは自分の品目・量・出荷時期に合う相手を選びます。少量多品目なら近隣の飲食店、定時定量を出せるならスーパーや仲卸業者が候補です。地元の商談会やマルシェ、知人の紹介、店舗への持ち込みなど、入口は身近なところで構いません。スーパーの場合は、店舗のバイヤーか地場野菜コーナーの担当者が窓口になります。
サンプルと提案で商談する
商談では現物がいちばんの営業資料です。サンプルに加えて、品目一覧・出荷できる時期と量・栽培の特徴・希望価格を1枚にまとめた提案資料を用意しましょう。飲食店にはメニューに使いやすい規格や少量配送の可否、スーパーには売場で訴求できる生産者情報や安定供給の見込みを伝えると話が進みやすくなります。
数量・規格・価格をすり合わせる
合意すべき柱は、品目・数量・規格・価格・期間の五つです。週に何ケースをどの規格で、どの価格で、いつからいつまで納めるかを具体的に決めます。最初から年間契約にせず、1〜2か月の試行期間を置いて互いの実力を確かめる進め方が現実的です。
契約書を交わす
口約束のままでは、相場が動いたときや欠品が出たときにもめます。合意した条件は必ず文書にします。書式は難しく考えず、次章の項目を押さえた覚書から始めれば十分です。加工・業務用野菜では、農林水産省のサイトに「加工・業務用野菜標準基本契約取引ガイドライン2023」があり、契約の枠組みを考える参考になります。
価格と契約の決め方
価格方式は三つの型から選ぶ
直接取引の価格方式は、おおむね次の三つの型に分かれます。第一に、期間を通じて単価を固定する固定価格です。経営の見通しが立てやすい半面、相場高騰時は市場出荷より手取りが下がります。第二に、卸売市場の相場に一定の係数や幅を掛けて連動させる市場価格連動です。相場とかい離しにくい半面、価格安定のメリットは薄れます。第三に、作付け前にシーズン単位で数量と価格を決めるシーズン契約です。計画生産に向きますが、天候リスクを織り込んだ条件設計が必要です。固定とスポットを組み合わせるなど、品目と相手に合わせた折衷も有効です。
価格水準を考える起点は、自分の生産費です。種苗・資材・労働・配送の費用を積み上げ、市場相場と小売価格を参考に提示額を決めます。令和7年6月に公布された食料システム法は、合理的な費用を考慮した価格形成を農林漁業者と食品産業事業者の双方の努力義務とし、国は判断基準やコスト指標の整備を進めています。生産費を根拠にした価格交渉は、制度の面からも正面から行いやすくなっています。
契約書に盛り込む項目
最低限、次の項目を文書に落とし込みます。①品目と規格(サイズ・等級・包装)、②数量(週・月単位の納入量と増減の幅)、③価格(方式と改定の条件)、④期間(開始日・終了日・更新の方法)、⑤受渡し(納品場所・頻度・検品の方法)、⑥代金支払い(締め日・支払日・支払方法)、⑦天候不順などで数量に過不足が出たときの対応、⑧解約の条件です。とくに⑦は青果物の契約で最ももめやすい論点なので、代替品の提案や翌週への振替など、具体的な手順まで書いておきます。請求実務では適格請求書の発行が関わるため、インボイス制度と農家の消費税の解説記事もあわせてご覧ください。
リスクと備え
第一のリスクは欠品です。天候不順は避けられないため、「欠品ゼロの約束」ではなく「欠品時にどう動くかの約束」をしておきます。契約条項に過不足時の対応を定めたうえで、作付けに余裕を持たせる、近隣の生産者と補完し合う体制をつくる、といった実務の備えを重ねます。
第二のリスクは代金回収です。市場出荷と違い、支払いの確実性は相手次第です。新規の相手とは少額・短期から始め、締め日と支払日を契約に明記し、支払いの遅れが続く場合の納品停止条件も定めておきます。スーパーとの取引では、納品期限などの商慣行が手取りに影響することもあるため、食品流通の商慣行の解説記事で背景を押さえておくと交渉しやすくなります。
第三のリスクは物流費です。少量を高頻度で運ぶと配送費が利益を食いつぶします。最低納品ロットと配送頻度、送料の負担区分を契約で明確にし、配送ルートをまとめる工夫をします。
そして最大の備えは、販路を一本化しないことです。直接取引と市場出荷を併用すれば、契約数量を超えた分の受け皿と相場情報の両方を確保できます。市場出荷分の価格下落には野菜価格安定制度という公的な備えもあります。
よくある質問
直荷引きとは何ですか
卸売市場の仲卸業者が、その市場の卸売業者を通さずに、産地の生産者などから直接品物を仕入れる取引です。改正前の卸売市場法は中央卸売市場で原則禁止としていましたが、令和2年6月施行の改正で市場ごとの判断となり、77.5%の中央卸売市場が自由または原則自由としています。
契約書は必ず必要ですか
法律上は口頭でも取引できますが、文書化を強くおすすめします。数量・規格・価格・期間・支払い・過不足時の対応を書いた覚書が1枚あるだけで、相場変動時や欠品時のトラブルを大幅に減らせます。
価格はどのように提示すればよいですか
生産費の積み上げを起点に、卸売市場の相場と店頭価格を参考にして提示します。食料システム法により、合理的な費用を考慮した価格形成は売り手・買い手双方の努力義務になっているため、費用の根拠を添えた提示が交渉の土台になります。
市場出荷をやめて直接取引だけにしてもよいですか
おすすめしません。直接取引は契約数量を超える分の受け皿がなく、相手の経営状況にも左右されます。市場出荷を併用して出荷量の調整弁と相場情報を確保し、直接取引の比率を徐々に高める進め方が安全です。
次の一歩
まず、自分の品目・量・出荷時期を1枚の提案資料にまとめましょう。次に、近隣で取引したい飲食店・スーパーを3件書き出し、サンプルを持って訪ねる日を決めます。商談がまとまりそうになったら、この記事の契約項目のリストを使って覚書の下書きを作り、相手と読み合わせます。加工・業務用向けを考えるなら、農林水産省の「加工・業務用野菜標準基本契約取引ガイドライン2023」をご覧ください。市場の取引ルールは市場ごとに違うため、直荷引きの可否は取引したい仲卸業者と当該市場の業務規程で確かめるのが確実です。
キーワード解説
直荷引き
卸売市場の仲卸業者が、その市場の卸売業者を経由せず、産地の生産者などから直接仕入れる取引です。改正卸売市場法で市場ごとのルールに位置づけが変わり、多くの中央卸売市場で自由化されました。
第三者販売
卸売市場の卸売業者が、その市場の仲卸業者・売買参加者以外の相手に販売することです。改正前は中央卸売市場で原則禁止でしたが、現在は市場ごとに判断するルールとなり、72.5%の中央卸売市場が自由または原則自由としています。
契約取引
生産者と実需者が、品目・数量・規格・価格・期間などの条件を事前に取り決めて行う取引です。事前の合意を文書にすることで、相場変動や欠品時の対応を安定させられます。加工・業務用野菜では農林水産省のサイトに標準的な契約のガイドラインがあります。
食料システム法
正式名称は「食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律」で、令和7年6月に公布されました。合理的な費用を考慮した価格形成を農林漁業者と食品産業事業者の努力義務とし、指定品目ではコスト指標を作成します。食品等流通法が担ってきた流通合理化と取引適正化の枠組みを発展させた法律です。