「電気柵を張ったのにイノシシに入られた」「シカが柵を跳び越えていく」という悩みの多くは、柵の種類と獣種の行動特性が合っていないことから生まれます。2020年度の農作物被害額は約161億円にのぼり、その約63%をシカとイノシシが占めます。この記事では、ワイヤーメッシュ柵・電気柵・金網柵・ネット柵・複合柵それぞれの特徴と、シカ・イノシシ・サルに合わせた選び方、整備に使える支援、設置後の管理までを解説します。

概要

項目内容
読者獣害に悩む農家・農業法人、対策を進めるJA・市町村の農政担当者
柵の種類ワイヤーメッシュ柵・電気柵・金網柵・ネット柵・複合柵の5タイプ
選び方の軸対象獣の跳躍力・掘る力・登る力と、ほ場の条件・管理にかけられる手間
支援鳥獣被害防止総合対策交付金(令和7年度補正)が侵入防止柵の整備を支援
設置後定期見回り・速やかな修繕・センサーカメラの活用・集落協定による分担

侵入防止柵の種類

農業技術の基本指針は、金網柵・ワイヤーメッシュ柵・電気柵等の効果的な設置と適切な管理、そして生息環境管理を鳥獣被害対策の柱に位置づけています。柵はそのうち「侵入させない」を受け持つ手段です。対策全体の組み立ては鳥獣被害対策の3つの柱の記事で解説しています。ここでは主な5タイプの特徴を見ていきます。

ワイヤーメッシュ柵

太い鉄線を格子状に組んだパネルを支柱に固定する物理柵です。構造が頑丈で、イノシシの突進や鼻で押し上げる動きに耐えやすく、電源が不要なため通電管理の手間がかかりません。設置後の維持負担が比較的小さいことから、イノシシ対策の定番として広く使われています。一方、シカが相手の場合は、高さが足りないと跳び越えられるため、十分な高さの確保か上部への電線の追加が必要です。

電気柵

電線に触れた獣に電気ショックを与え、「ここは痛い場所だ」と学習させる心理柵です。資材が軽く設置・移設がしやすいため、平地の畑から中山間地まで幅広く使われています。ただし効果は通電の維持にかかっており、草が電線に触れると電圧が下がって学習効果が薄れます。設置には安全基準があり、危険である旨の表示、電気さく用電源装置の使用、定格感度電流15mA以下・動作時間0.1秒以下の漏電遮断器の設置、専用の開閉器の設置が求められます。電気柵に使える補助金と設置ルールの詳細は、姉妹記事の電気柵の補助金と設置ルールで解説しています。

金網柵

金網を支柱に張って農地を囲う恒久型の物理柵です。強度が高く、長期間にわたって広い範囲を守る用途に向きます。そのぶん設置の手間は大きいため、集落や団地単位でまとめて囲う場面で力を発揮します。

ネット柵

樹脂などのネットを張る軽量な柵です。資材が軽く、運搬も設置も容易なため、収穫期だけ守りたい小さな畑や、応急的な防護に向きます。反面、かみ切られたり突き破られたりしやすく、ネット単独でイノシシの突進を止める力は強くありません。常設の守りには、ほかの柵との併用や上位タイプへの切り替えを検討します。

複合柵

物理柵と電気柵を組み合わせた柵です。物理柵で体当たりや潜り込みを止め、電線で「登る・跳ぶ」を止めるという役割分担ができるため、単独の柵では防ぎきれない獣種に有効です。サル対策では、150cmの支柱に防風ネットを張り、最上部に電線を組み合わせた複合柵で被害を防いだ事例があります。

獣種別の選び方

柵選びの出発点は「どの獣に入られているか」です。獣種によって突破の仕方がまったく違うため、同じ柵でも効く相手と効かない相手があります。

シカ

シカは1.5m程度の高さを跳び越えます。シカ対策で最優先すべきは高さの確保です。低い柵を立てても、助走なしで跳び越えられてしまいます。物理柵なら跳躍力を上回る高さを確保するか、既存の柵の上部に電線を追加した複合柵で「跳べば痛い」と学習させる方法が有効です。

イノシシ

イノシシの跳躍はおよそ1mで、シカほどの高さは必要ありません。弱点は上ではなく下です。イノシシは柵の下を掘って潜り込むため、下部の強度と裾の固定が決め手になります。地面との間に隙間をつくらず、裾を確実に固定したワイヤーメッシュ柵が定番です。電気柵を使う場合も、裾から潜り込まれないよう地際の管理を徹底することが前提になります。

サル

サルは柵を登り、支柱や周囲の木から跳び移るため、3種の中で最も防ぎにくい相手です。物理柵だけでは登られ、電気柵だけでは跳び越えられることがあります。前述のとおり、支柱150cm+防風ネット+最上部の電線という複合柵の事例があり、「登ろうとすると不安定なネットに阻まれ、最上部で電気ショックを受ける」構造で侵入を防ぎます。サルは行動範囲が広いため、1枚の畑だけでなく地域ぐるみで設置することが効果的です。

5タイプの比較

ここまでの内容を一覧で整理します。費用や耐用年数は資材・地形・施工方法で大きく変わるため、導入時は市町村やJA、資材メーカーから見積もりを取って比べましょう。

柵の種類仕組み向いている相手・場面強み注意点
ワイヤーメッシュ柵鉄線パネルで物理的に遮断イノシシ対策の定番頑丈で電源不要、維持の手間が小さいシカには高さ不足になりやすい
電気柵電気ショックで学習させる心理柵幅広い獣種、移設が必要なほ場軽く、設置・移設がしやすい通電管理が必須、草で電圧が低下、安全基準の順守が必要
金網柵金網で物理的に遮断する恒久型長期間・広範囲の防護強度と耐久性が高い設置の手間が大きい
ネット柵軽量ネットで遮断短期間・小規模の防護安価に始めやすく施工が容易破られやすく単独では力不足
複合柵物理柵+電線の組み合わせシカ・サルなど単独柵で防ぎにくい相手跳ぶ・登る・掘るに多面的に対応資材と管理の負担が増える

地域ぐるみの設置と交付金による支援

自分のほ場だけを完璧に囲っても、獣は守りの薄い隣の畑へ移るだけです。集落や農地のまとまりごとに柵で囲い、餌場を地域全体からなくす発想が被害軽減の近道で、サルをはじめ行動範囲の広い獣ほど地域ぐるみの設置が効きます。

整備には鳥獣被害防止総合対策交付金(令和7年度補正)が使えます。侵入防止柵の整備を支援する仕組みで、交付対象は都道府県・地域協議会、交付率は定額・2分の1以内等です。採択には市町村が被害防止計画を作成していることが要件になります。令和7年度補正分の要望調査は令和7年11月から令和8年2月にかけて実施されました。次の機会をつかむには、お住まいの市町村の鳥獣被害担当に、被害防止計画の有無と地域協議会の動きを早めに聞いておきましょう。

設置後の管理

柵の効果を左右するのは、設置した後の管理です。どれほど立派な柵でも、1か所の破れや隙間があれば獣はそこから入ります。基本は次の4点です。

  • 定期見回り:破損・倒伏・裾のめくれを早く見つけます。電気柵では草の接触による電圧低下も点検します。
  • 速やかな修繕:破れを放置すると獣が「入れる場所」と学習し、突破が常態化します。見つけたその日のうちに直すのが原則です。
  • センサーカメラの活用:侵入する獣種・時間帯・ルートを特定でき、柵の補強箇所や追加対策の判断材料になります。
  • 集落協定による分担:見回り区間や修繕の役割を集落で取り決め、特定の人に負担が偏らない体制をつくります。

よくある質問

シカ対策の柵はどのくらいの高さが必要ですか

シカは1.5m程度を跳び越えるため、それを上回る高さを確保するか、柵の上部に電線を追加した複合柵にする必要があります。低い柵の増設より、高さの確保を優先しましょう。

イノシシにはワイヤーメッシュ柵と電気柵のどちらが向きますか

通電管理の手間をかけられないならワイヤーメッシュ柵、設置や移設のしやすさを重視するなら電気柵が候補です。どちらを選ぶ場合も、イノシシは柵の下を掘って潜るため、裾の固定と下部の強度が成否を分けます。

柵の設置に使える補助はありますか

鳥獣被害防止総合対策交付金(令和7年度補正)が侵入防止柵の整備を支援します。交付対象は都道府県・地域協議会で、市町村の被害防止計画が採択の要件です。個人で直接申請する仕組みではないため、まず市町村の担当窓口に相談しましょう。

柵を設置したのに侵入されるのはなぜですか

裾の隙間からの潜り込み、破損の放置、電気柵の電圧低下が三大原因です。センサーカメラで侵入ルートを特定し、定期見回りと速やかな修繕を仕組み化すれば、多くの「柵があるのに入られる」状態は解消できます。

次の一歩

柵選びは「獣種の特定」から始まります。足跡・食害の痕跡・センサーカメラで、入っている獣がシカかイノシシかサルかを突き止めましょう。そのうえで、市町村の鳥獣被害担当に被害防止計画と交付金の活用状況を聞き、集落単位での設置を相談するのが近道です。柵・捕獲・生息環境管理をどう組み合わせるかは鳥獣被害対策の3つの柱を、電気柵を選ぶ場合の補助金と設置ルールは電気柵の補助金と設置ルールをご覧ください。捕獲した獣を地域の資源に変えるジビエ活用も、対策を続ける動機づけになります。

キーワード解説

複合柵

ワイヤーメッシュ柵などの物理柵と電気柵を組み合わせた柵です。体当たりや潜り込みを物理柵で、跳び越えや登りを電線で止める役割分担により、単独の柵では防ぎにくいシカ・サルに対応します。

鳥獣被害防止総合対策交付金

鳥獣による農作物被害の防止に取り組む地域を国が支援する交付金です。令和7年度補正予算では侵入防止柵の整備を支援し、交付対象は都道府県・地域協議会、交付率は定額・2分の1以内等です。

被害防止計画

市町村が作成する鳥獣被害防止のための計画です。鳥獣被害防止総合対策交付金の採択要件になっており、地域で交付金を活用するための入口にあたります。

電気さく用電源装置

電気柵に電気を供給するための専用装置です。電気柵の設置では、危険である旨の表示、この電源装置の使用、定格感度電流15mA以下・動作時間0.1秒以下の漏電遮断器、専用の開閉器の設置という安全基準を守る必要があります。

集落協定

柵の見回りや修繕などの役割分担を集落で取り決める約束ごとです。管理の負担を地域で分け合うことで、柵の効果を長く保てます。