世界的な食料リスクの高まりを背景に、食料供給の不足を早期に防ぎ・解消するための食料供給困難事態対策法が施行されました。農林水産省の地方説明会資料(令和7年5月・基本方針踏まえ)に沿い、法律の骨格から平時・兆候・事態ごとの措置、生産要請の対象、支援・罰則、誤解の訂正までを1本に整理します。

概要

項目 内容
誰に関係するか 出荷販売業者、輸入業者、農業者など食料供給に携わる事業者、消費者向け情報提供の関係者、平時から備蓄・需給情報に関わる方です。
何を 法律の全体像特定食料・特定資材基本方針の考え方事態の判断基準平時兆候事態の対策、生産要請の対象支援と罰則誤解の整理です。
詳細はどこで 農林水産省「食料供給困難事態対策法について」、同省「基本方針等を踏まえた運用の考え方(PDF)」、閣議決定の基本方針をご覧ください。

法律の全体概要

不測の要因で食料供給が不足する事態の防止と早期解消を図り、国民生活・国民経済への支障を防ぐ法律として、令和6年6月に成立し、令和7年4月1日から施行されています。ポイントは次の6点です。

  1. 深刻度に応じて事態を区分する。
  2. 食料供給困難兆候の段階から政府対策本部を設置する。
  3. 政令で指定した特定食料特定資材が対象となる。
  4. 段階的に事業者への要請等で供給確保を図る。
  5. 要請等に協力する事業者へ財政上の措置等を講じる。
  6. 平時・不測時の対策の内容・考え方を基本方針(法第3条)で定める。

段階は平時食料供給困難兆候(最低限度必要な食料供給が確保されないおそれのある段階)、食料供給困難事態(供給が大幅に不足し国民生活等に支障が生じた段階)に分かれます。兆候段階では対策本部を設置し、出荷販売業者・輸入業者・農業者等に自主的取組の要請を行い、解消しない場合は計画届出の指示へ進みます。事態段階では供給熱量等を重視した生産の要請、他法令に基づく価格規制・統制、割当・配給などが想定されます。

食料供給困難事態対策法の全体概要。平時・兆候・事態の区分と政府対策本部、要請・計画届出指示の流れ。
食料供給困難事態対策法の全体概要と段階別の主な措置

特定食料と特定資材

供給確保の対象は、国民の食生活・国民経済で重要な農林水産物とその加工品(法第2条第1項)および特定食料の生産に必要不可欠なもの(同条第2項)で、令和7年2月の政令で指定されています。令和5年度食料需給表(概算)では、これらで供給熱量の約8割を占め、1人1日当たりの供給熱量は2,203kcalです。

特定食料(例)

  • 農林水産物:米穀、小麦、大豆(食用含む)、なたね・油やしの実、てん菜・さとうきび、生乳、牛肉・豚肉・鶏肉、鶏卵
  • 加工品:小麦粉、植物油脂(大豆・なたね・油やし由来に限る)、砂糖(てん菜・さとうきび由来に限る)、飲用牛乳・乳製品、液卵・粉卵

品目別の供給熱量シェアの例:米22%、畜産物18%、油脂類14%、小麦13%、砂糖類8%、その他12%(魚介・野菜・果実・大豆・肉・卵・乳など)。必要に応じ追加指定があり得る旨が基本方針に明記されています。

特定資材(例)

肥料、農薬、種苗、飼料、動物用医薬品です。

特定食料・特定資材の一覧と供給熱量の品目別内訳(2023年度)。
特定食料・特定資材と供給熱量の品目別内訳

対策の基本的な考え方

令和7年4月に策定した基本方針の考え方は、次のとおりです。

  • 事態の深刻度に応じ、深刻化を防ぐために必要な措置を講じる。
  • 事業者の自主的な経済活動だけでは十分な供給が確保できない場合に限り国が動く。要請を基本とし、要請でも解消が困難な場合に限り計画の作成・届出の指示を行う。
  • 政府対策本部の下で政府一体の総合対策を実施する。
食料供給困難事態対策の基本的な考え方。深刻度に応じた措置、要請基本・計画指示は限定的、政府一体の対策。
食料供給困難事態対策の基本的な考え方

事態の判断基準(目安)

基本方針に記載された判断の目安は次のとおりです(数値は理解のための例示であり、最終判断は政府の認定・公表に従います)。

段階判断基準(目安)参考事例・数値
食料供給困難兆候 特定食料の供給が全国的に平年比2割以上減少するおそれがあり、措置を講じなければ事態の未然防止が困難な場合 平成5年コメ大不作(作況指数74、政府在庫含む供給量は対前年24%減)など
食料供給困難事態 特定食料の供給が平年比2割以上減少するおそれが高く、食品価格高騰・買占め等で国民生活等に支障が発生した場合 消費者・事業者の買占め、小売価格の高騰など
最低限度必要な食料が確保されないおそれ 供給熱量が平時の摂取熱量を下回り、かつ1,850kcal/人・日を下回るおそれがある場合 令和5年供給熱量2,203kcal、摂取熱量1,877kcal、戦後最低摂取熱量1,849kcal(平成22年)など
食料供給困難兆候・食料供給困難事態の判断基準と参考数値・事例。
食料供給困難兆候・食料供給困難事態の判断基準

平時における対策

平時から次の取組を進めます。

  • 農業生産基盤・サプライチェーンの維持・強化による食料自給率の向上
  • 国内外の食料需給等の情報収集・分析(法第4条)
  • 官民あわせた備蓄の推進
  • 国内生産では賄えない農産物等の安定的な輸入の確保
  • 要請等の対象となり得る事業者の把握・整理
  • 不測時の措置・手続の机上演習
  • 食料事情の情報発信、法の内容・考え方の説明、不測時の適切な消費行動の啓発

現時点で十分に把握できていない特定食料・特定資材の民間在庫については、法第4条に基づく調査で把握します。

平時における対策の一覧。自給率向上、情報収集、備蓄、輸入確保、事業者把握、机上演習、啓発など。
平時における対策

食料供給困難兆候における対策

兆候段階では、情報収集の強化(法第21条の立入検査を含む)、消費者への情報提供、事業者への要請を組み合わせます。

  • 情報収集・分析:法第4条に基づく報告徴収を強化。買占めの疑いがある事業者への立入検査。
  • 消費者への働きかけ:需給・価格・対策内容の分かりやすい情報提供、買占め・買い急ぎ・食品廃棄の抑制。
  • 事業者への要請:①一定規模以上の事業者へ出荷販売・輸入の調整要請、②供給不足の終期が見込めず要請・備蓄では解消困難な場合に、一定規模以上の担い手等へ生産要請(全員対象ではない)。

例として、自給的農家は対象外です。米の生産要請では、米を生産できない果樹・花き・畜産農家も対象外です。負担軽減のため、平時から連絡調整している関係団体の協力を得て実施します。

食料供給困難兆候における対策。情報収集強化、消費者への情報提供、事業者への要請の内容。
食料供給困難兆候における対策

生産に関する要請の対象者

生産を促進すべき品目を事業として現に生産している者、または自然的・経営的条件から措置対象の特定食料等を生産できると認められる者(省令で定める要件)が対象です。計画届出の指示の対象者も同じです。

  • 対象外の例:自家消費目的の小規模生産(家庭菜園など)で事業として生産していない者。コメ生産に必要な土地・機械等がなく、コメを生産できない花農家・畜産農家へのコメ生産要請。
  • 限定の考え方:供給確保に必要な範囲で、一定規模以上の生産能力を有する担い手などに効率的・効果的に要請等を行う旨が基本方針に明記されています。
  • 実施方針:個々の事態の供給確保量・輸入で確保可能な数量等に応じ、政府対策本部が策定する実施方針で具体化します。
生産に関する要請の対象者。農林水産物生産可能業者・生産業者の区分と対象外の例。
生産に関する要請・計画届出指示の対象者

食料供給困難事態における対策

要請を行っても事態解消が困難な場合、供給確保に必要な範囲で次の計画届出の指示を行います。

  • ①一定規模以上の出荷販売業者・輸入業者へ、出荷販売等・輸入に関する計画届出の指示
  • ②出荷販売・輸入では解消が困難と見込まれる場合、一定規模以上の担い手等へ生産計画の届出指示

自給的農家や兼業農家への指示は想定していません。計画は国が確保可能な供給量を把握するためのもので、生産計画は生産者が実施可能な内容でよく、増産内容である必要はありません。供給量が不十分な場合は、変更が可能と見込まれる者に限り計画変更の指示を行います(二毛作可能な者、多収品種への変更が可能な者、休耕地の利用が可能な者など、省令で対象を限定)。

食料供給困難事態における対策。計画届出の指示、計画の性質、計画変更指示の限定。
食料供給困難事態における対策

最低限度必要な食料が確保されない場合

国民が最低限度必要とする食料供給が確保されない場合の追加措置は次のとおりです。

  • 供給熱量等を重視した生産の推進(生産転換):必要に応じいも類などを特定食料として政令指定。現に生産している者・生産可能と見込まれる者に限り要請等。計画変更指示も変更可能な生産者に限定。
  • 価格の規制・統制:国民生活安定緊急措置法に基づく標準価格、物価統制令に基づく価格統制など、他法令に基づき実施。
  • 割当て・配給:食料の公平な分配、生産者への生産資材の優先供給など、他法令に基づき実施。
最低限度必要な食料供給が確保されない場合の対策。生産転換、価格規制・統制、割当・配給。
最低限度必要な食料が確保されない場合の対策

事業者への支援と罰則

供給確保の実効性と国民生活への支障最小化のため、支援と罰則が法律上明記されています(法第19条・第23条・第24条・第15条第4項等)。

支援(財政上の措置等)

要請に応じて生産等を行う事業者、計画変更指示に従った計画に沿って生産等を行う事業者に対し、必要な財政上の措置その他の措置を講ずる旨が法律上明記されています。具体的内容は対象品目・需給状況等、個々の事態で検討します。

罰則・公表

  • 計画届出指示に違反し届出しなかった場合20万円以下の罰金(法第23条)。対象は生産計画に限らず、出荷販売・輸入・製造の計画も含みます(国民生活安定緊急措置法など類似制度でも同額の例あり)。
  • 立入検査を拒んだ場合20万円以下の過料(法第24条)。過料は刑事訴訟法の適用を受けず、前科にはなりません。
  • 届出計画に沿った生産を行わなかった場合、計画変更指示に従わなかった場合公表(法第15条第4項等)。罰金の対象ではありません。
事業者への支援と罰則。財政上の措置、計画届出不履行の罰金、立入検査拒否の過料、計画不履行の公表。
事業者への支援と罰則

誤解されやすい点の整理

次のような情報は正しくありません。要点のみ整理します。

誤解正しい理解
国が増産を指示し、必ず増産しなければならない計画の作成・届出を指示するもので、増産を強制するものではない(基本方針にも明記)。
花農家にコメやイモを無理やり作らせるコメやイモを生産できない農家に要請・指示はできない仕組み。
増産しなければ罰金罰金は計画届出の指示を受けて届出を行わない場合に限る。増産の有無は無関係。
有事は支援なく命令だけ要請等を行う場合、財政上の措置等を講ずる旨を法律上明記。
平時から配給制度が始まる配給は特に深刻な事態に限り他法令の下で実施。本法で平時から配給を規定した事実はない。
食料供給困難事態対策法に関する誤解の訂正。増産強制、花農家へのコメ作付、罰金、支援、配給について。
誤解されやすい点の整理

キーワード解説

食料供給困難事態対策法

令和6年法律第61号。食料供給が不足する事態の防止・早期解消と、国民生活・国民経済への支障防止を目的とします。平時の基本方針策定から、兆候・事態への段階的措置、政府対策本部、事業者への要請・計画届出、支援・罰則までを一つの枠組みで定めています。

食料供給困難兆候

最低限度必要な食料供給が確保されないおそれのある段階です。異常気象などで食料供給が大幅に不足する兆候の段階から政府対策本部を設置し、情報収集の強化や事業者への要請を行います。目安として特定食料の全国的供給が平年比2割以上減るおそれがあり、未然防止が困難な場合が該当例として示されています。

食料供給困難事態

食料供給が大幅に不足し、国民生活等に支障が生じた段階です。要請に加え、必要に応じ計画届出の指示、供給熱量を重視した生産の要請、他法令に基づく価格規制・割当・配給などが想定されます。食品価格の高騰や買占めが発生した場合の例が、判断基準として示されています。

特定食料

政令で定める、国民の食生活・国民経済で重要な農林水産物とその加工品です。米穀・小麦・大豆・油脂原料・砂糖原料・畜産・卵・乳製品などが指定され、供給確保措置の品目の中心になります。基本方針では必要に応じ追加指定があり得る旨が明記されています。

特定資材

特定食料の生産に必要不可欠な政令指定の資材です。肥料・農薬・種苗・飼料・動物用医薬品が該当します。深刻な事態では、生産者への優先的な生産資材供給(他法令に基づく割当・配給)も想定されます。

政府対策本部

総理と全閣僚で構成する対策の司令塔です(法第6条)。深刻度に応じ関係省庁の対策を実施方針として決定し、政府一丸で対策を進めます。消費者への情報提供、輸入・物流の確保、事業者への要請・計画届出指示などが実施方針に位置づけられます。

要請

国が事業者に対し、供給確保のための自主的な取組を促す措置です。出荷販売・輸入の調整要請、生産の促進要請などがあります。要請は「できる範囲」が前提で、解消しない場合に限り計画届出の指示へ段階を上げます。協力事業者には財政上の措置等が講じられます。

計画届出の指示

国が確保可能な供給量を把握するため、一定規模以上の事業者等に計画の作成・届出を求める指示です。内容は実施可能な計画でよく、必ずしも増産を含みません。届出しない場合は20万円以下の罰金、計画どおりに実施しなかった場合は公表が想定されます(罰金対象外)。

供給熱量

食料需給表などで示される、1人1日当たりの食料からのエネルギー供給量(kcal)です。令和5年度概算では2,203kcal/人・日。事態判断では、平時の摂取熱量を下回り、かつ1,850kcal/人・日を下回るおそれがある場合が、最低限度必要な食料が確保されない段階の目安として示されています。生産転換の議論でも熱量確保が重視されます。