田んぼに水を引く用水路、雨水を逃がす排水路、そして水をためるため池。これらの施設は農業生産に欠かせない一方で、「誰が管理するのか」「壊れたら誰が直すのか」が分かりにくい存在です。管理の担い手は施設の規模によって異なり、土地改良区や水利組合、集落、市町村などが層になって支えています。本記事では、農林水産省の一次情報をもとに、管理の分担の考え方と、泥上げ・草刈りなどの日常管理を支える多面的機能支払交付金、ため池の届出制度、老朽化への対応策までを整理します。
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象施設 | 農業用水路(用水路・排水路)、農道、農業用ため池などの土地改良施設 |
| 主な管理者 | 土地改良区、水利組合、集落の農家組織、市町村、個人など(施設の規模で分担) |
| 日常管理の支援 | 多面的機能支払交付金。水路の泥上げ・草刈り・軽微な補修などの共同活動が対象 |
| ため池の届出 | 農業用ため池の管理及び保全に関する法律に基づき、所有者・管理者が都道府県へ届出 |
| 防災対策 | 特定農業用ため池の指定、防災重点農業用ため池に係る特別措置法による防災工事の推進 |
| 老朽化対策 | ストックマネジメントによる長寿命化、国の補助事業による改修・補強・廃止工事 |
農業用水路・ため池は誰が管理するか
農業用水路やため池の管理者は一つではありません。農林水産省の資料では、農業水利施設は規模に応じて重層的に管理される姿が示されています。ダムや頭首工、幹線水路といった基幹的な施設は土地改良区などの組織が管理し、集落内を流れる末端の水路は集落や水利組合が、田畑のすぐ脇の水路は農家個人が管理するという分担です。施設によっては市町村が管理を担う場合もあります。
| 施設の区分 | 主な管理の担い手 | 管理内容の例 |
|---|---|---|
| ダム・頭首工・幹線水路など基幹的な施設 | 土地改良区、市町村など | 操作・点検、機能保全計画にもとづく補修 |
| 集落内の末端水路・小規模なため池 | 集落の農家組織、水利組合 | 泥上げ、草刈り、見回り、軽微な補修 |
| 田畑に接する水路・畦畔まわり | 農家個人 | 日常の清掃、取水口の管理 |
土地改良区は、土地改良法にもとづいて農業者が組織する団体で、農業用水路やため池などの土地改良施設の維持管理を主な仕事としています。運営費用は組合員である農家が納める賦課金でまかなわれます。土地改良区の仕組みと賦課金の内訳は、姉妹記事の土地改良区と賦課金の解説で詳しく取り上げています。
ため池についても事情は同じです。所有者は個人、集落の共有、市町村などさまざまで、管理は地域の水利組合や集落が担ってきました。しかし、農家の高齢化や組合員の減少で管理組織が弱まり、権利関係が複雑になって所有者が分からないため池も出てきました。こうした背景から、後述する届出制度を柱とする法律が2019年に施行されました。
日常管理を支える多面的機能支払
水路の泥上げや草刈りといった日常管理は、地域の共同作業に支えられています。この共同活動を資金面で支援するのが、農林水産省の多面的機能支払交付金です。農業・農村が持つ水源かん養、土壌保全、生物多様性の保全といった多面的機能を維持するための制度で、平成26年度から実施されています。
交付金は大きく2つに分かれます。
- 農地維持支払。農業者の組織が行う、水路の泥上げ、農地のり面の草刈り、農道の路面維持といった地域資源の基礎的な保全活動を支援します。
- 資源向上支払。地域住民も参加する組織が行う、水路や農道などの軽微な補修、植栽による景観形成といった地域資源の質的向上を図る活動と、農地まわりの水路・農道などの長寿命化を図る活動を支援します。
つまり、「水路の泥が詰まってきた」「水路のひび割れを補修したい」という地域の困りごとは、多面的機能支払の活動組織をつくる、または既存の組織に加わることで、交付金を活用しながら共同で解決できます。交付単価は活動の種類や農地の地目に応じて設定されているため、最新の単価と申請手続は農林水産省の多面的機能支払交付金のページをご覧ください。窓口は市町村の農政担当部署です。
農林水産省は活動組織の広域化も推進しており、複数の集落がまとまって一つの組織をつくることで、事務負担の軽減と活動の継続性を高める方向を打ち出しています。同じく地域ぐるみの農業を支える中山間地域等直接支払制度との違いは、中山間直払と多面的機能支払の解説記事で整理しています。
ため池の届出と防災
農業用ため池には、専用の法律である農業用ため池の管理及び保全に関する法律があります。自然災害によるため池の被災が頻発したこと、権利関係の複雑化や管理組織の弱体化が進んだことを受けて、2019年7月1日に施行されました。令和6年10月には一部改正が行われています。
この法律の柱は次のとおりです。
- 届出の義務。ため池の所有者・管理者は、ため池の情報を都道府県に届け出ます。
- データベースの整備。都道府県はため池のデータベースを整備し、公表します。
- 適正管理の努力義務。所有者・管理者には、ため池を適正に管理する努力義務があります。
- 特定農業用ため池の指定。決壊した場合に下流の住宅等に被害が及び、避難が困難となるおそれのあるため池を都道府県が指定します。指定されると、堤体の掘削などの形状変更は知事の許可制となり、防災工事を行う際は計画の届出が必要です。市町村はハザードマップを作成し、都道府県は必要に応じて施行命令や代執行を行えます。
防災工事を加速させる仕組みとしては、防災重点農業用ため池に係る防災工事等の推進に関する特別措置法が2020年10月1日に施行されています。平成30年7月豪雨で多数のため池が決壊した被害を踏まえたもので、都道府県知事が防災工事等推進計画を定め、計画に位置付けられた防災重点農業用ため池の補強や廃止の工事を、国の財政上の措置と地方債への特別な配慮で後押しします。同法は施行後5年を目途とした施行状況の点検・検証も規定しており、有識者委員会による検証が行われています。
豪雨や地震への備えとして、農林水産省はため池のハザードマップの作成・周知、決壊の兆候を遠隔で把握する監視機器の導入支援を進めており、令和7年10月には遠隔監視機器に関する手引きを公開しました。大雨や台風で実際に被災した場合の支援策は、大雨・台風時の農業支援策の記事で解説しています。
老朽化への対応
水路やため池の多くは造成から長い年月が経ち、老朽化が進んでいます。農林水産省は、施設を壊れてから直すのではなく、計画的に保全して寿命を延ばすストックマネジメントの考え方を打ち出しています。具体的には、機能保全計画の作成、施設の診断と工法の選定、補修・補強工事の実施、対策後のモニタリングという流れで施設の長寿命化を図ります。施設管理者向けには、土地改良施設管理基準や、ダム・パイプライン・開水路などの管理の手引きが公開されています。
支援の枠組みは施設の規模と工事の内容で使い分けます。農地まわりの小規模な水路のひび割れ補修や目地の充填といった軽微な補修・長寿命化対策は、前述の多面的機能支払交付金の資源向上支払で対応できます。基幹的な水利施設の本格的な改修や更新、ため池の補強・廃止といった防災工事は、国の補助事業の対象です。農林水産省はため池の防災・減災対策を補助事業で支援しており、使われなくなったため池を安全に廃止するための工事の設計マニュアルも整備しています。実際の事業の採択や負担割合は地区ごとに異なるため、土地改良区または市町村・都道府県の農政担当部署に相談するのが近道です。
よくある質問
田んぼの脇の水路が壊れたら誰に相談すればよいですか
まずはその水路を管理している組織に相談します。集落の水利組合や農家組合が管理する末端水路であれば集落の役員、幹線水路や揚水機場などの基幹施設であれば土地改良区が窓口です。管理者が分からない場合は、市町村の農政担当部署に問い合わせると管理の区分を教えてもらえます。
多面的機能支払交付金は個人でも受け取れますか
個人単独では対象になりません。この交付金は地域の共同活動を支援する制度で、農業者などで構成する活動組織が市町村と協定を結んで取り組みます。お住まいの地域に活動組織がすでにあるかどうかは、市町村の農政担当部署で確認できます。
ため池の届出は誰が行うのですか
ため池の所有者または管理者が、都道府県に届け出ます。農業用ため池の管理及び保全に関する法律で義務付けられた手続で、届け出られた情報は都道府県がデータベースとして整備・公表します。相続などで所有しているため池がある方は、届出が済んでいるかを都道府県の窓口で確かめてください。
使っていないため池はどうすればよいですか
放置すると豪雨時の決壊リスクが残るため、廃止工事という選択肢があります。農林水産省は防災重点農業用ため池の廃止工事に関する設計マニュアルを整備し、補助事業による支援も行っています。具体の進め方は市町村・都道府県の農政担当部署に相談してください。
次の一歩
自分の地域の水路・ため池について、次の順で動くと迷いません。
- 自分の田畑にかかわる水路・ため池の管理者を確認します。分からなければ市町村の農政担当部署か土地改良区に問い合わせます。
- 泥上げ・草刈り・軽微な補修を共同で進めたい場合は、地域の多面的機能支払の活動組織の有無を市町村で確認し、なければ立ち上げを検討します。
- ため池の所有者・管理者は、都道府県への届出が済んでいるかを確認し、ハザードマップで決壊時の浸水想定をご覧ください。
- 本格的な改修が必要な施設は、土地改良区を通じて補助事業の活用を相談します。土地改良区の費用負担の仕組みは土地改良区と賦課金の解説をご覧ください。
キーワード解説
土地改良区
土地改良法にもとづき農業者が組織する法人で、農業用水路・ため池・農道などの土地改良施設の維持管理や土地改良事業を行います。運営費用は組合員の賦課金でまかなわれます。
多面的機能支払交付金
農業・農村の多面的機能を支える地域の共同活動を支援する農林水産省の交付金です。水路の泥上げや草刈りなどを支援する農地維持支払と、軽微な補修や施設の長寿命化などを支援する資源向上支払で構成されます。
特定農業用ため池
決壊した場合に下流の住宅等に被害を及ぼし、避難が困難となるおそれがあるとして都道府県が指定する農業用ため池です。形状変更が知事の許可制になるなどの規制がかかり、市町村はハザードマップを作成します。
防災重点農業用ため池
決壊により周辺に被害を及ぼすおそれがあり、防災工事を重点的に進める対象となる農業用ため池です。特別措置法にもとづき都道府県知事が防災工事等推進計画に位置付け、国の財政措置で補強や廃止の工事を推進します。
ストックマネジメント
既存の農業水利施設を計画的に保全管理し、寿命を延ばして効率的に使い続ける考え方です。機能保全計画の作成、施設診断と工法選定、補修・補強工事、モニタリングの流れで進めます。