雨のたびに田んぼや転作大豆の畑に水が残り、播種や収穫の時期が遅れる。そんな排水不良の解決策の定番が暗渠排水です。この記事では、田畑の排水を改善したい農家・農業法人に向けて、暗渠排水の仕組みと効果、費用の考え方、整備に使える国の支援制度、そして効果を長持ちさせる維持管理までを、農林水産省の一次資料に基づいて解説します。
概要
暗渠排水とは
暗渠排水とは、地中に水を集める管を埋設し、ほ場の余分な水を地下から抜いて排水路へ流す施設です。地表の溝で水を流す明渠と対になる言葉で、「暗渠」は地中に隠れた水路を意味します。土の中の過剰な水を直接抜くため、地表の排水だけでは解消できない停滞水を減らし、地下水位を下げられます。
農林水産省の設計基準では、暗渠排水の目的を次の4つに整理しています。第一にほ場の水管理を容易にし、作物の生育環境を良好にすること。第二に農作業の環境を改善し、農業機械の作業性を向上させること。第三に土壌の除塩、第四に融雪促進・凍上防止・地温の上昇です。水田では第一と第二が主な目的で、これによって汎用性を高め、畑作物や高収益作物の導入が可能になります。
標準的な暗渠排水は、ほ場内で水を吸い込む吸水渠、その水を排水口まで導く集水渠、排水量を調節する水閘、排水路へ吐き出す排水口で構成します。吸水渠は吸水管と、その上に充填する疎水材の組合せが基本です。埋設の深さは水田で50〜60cm程度、水田を畑として使う場合や畑で60〜80cm程度、吸水渠どうしの間隔は7.5m程度が下限の目安です。
地下水位を下げることは、農業機械が安全に走れる地耐力を確保するための必要条件でもあります。水田で機械が走行作業するにはコーン指数390kN/m²以上の地耐力が必要とされ、暗渠排水は地下水位低下を図る有効な手段と位置づけられています。
暗渠排水の効果
最大の効果は湿害の防止です。土中の余分な水を抜いて地下水位を下げると、根が酸欠になりにくくなり、麦・大豆・野菜など水に弱い作物を水田で安定して栽培できます。水稲でも、田面の水を1〜2日以内に排除できる排水性は、除草剤の施用や機械作業の前提条件です。
収量への効果は試験データがあります。北陸農業試験場が重粘土水田の転換畑で行った試験では、深さ70cmの通常暗渠だけのほ場と、その中間に深さ40cmの浅層暗渠を加えたほ場を比較し、10aあたり収量は大豆が216kgから265〜274kgへ、キャベツが2,062kgから3,547〜4,021kgへ、大麦が328kgから463〜464kgへ増加しました。浅層暗渠の追加で排水量が大きく増え、土壌の含水比が下がって砕土率が向上した結果です。
作業面では、地耐力の確保によりトラクタやコンバインの適期作業がしやすくなります。さらに水閘で排水を止めれば地下水位を保つ地下かんがいにも使え、水稲と畑作物を行き来する田畑輪換の土台になります。米から麦・大豆・高収益作物への転換を考えるなら、暗渠排水は経営の選択肢を広げる投資です。
施工の種類
暗渠排水の施工は、本暗渠と補助暗渠に大別します。
本暗渠は、吸水管を溝に敷設し、その上にもみ殻などの疎水材を充填する標準的な工法です。疎水材は全国的にもみ殻が最も多く使われ、カントリーエレベーターやライスセンターから入手しやすく透水性が大きい一方、乾燥と湿潤を繰り返すと腐植して機能が落ちやすい性質があります。ほかに腐植が進みにくい木材チップ、耐久性に優れる砕石などがあり、入手のしやすさと耐久性、単価を比べて選びます。
補助暗渠は、本暗渠の効きを高めるために組み合わせる簡易な施工です。代表が弾丸暗渠で、トラクタで弾丸形の器具をけん引して地中に水みちを作るため、管も疎水材も使わず低コストに施工できます。また、溝を掘ってもみ殻などの疎水材だけを埋める疎水材埋設暗渠も補助暗渠の一種で、局所的な停滞水の対策として本暗渠と直角方向に配置すると効果的です。
重粘土で降水量の多い地域では、通常暗渠の中間に深さ40cm程度の浅層暗渠を加える工法もあります。溝を掘って管を埋めるトレンチ式と、弾丸に付随させて管を引き込む引込み式があり、引込み式は施工時間が短く、トレンチ式は乾燥が進めば排水改善効果が大きいという特徴があります。排水路が浅く標準の深さを確保できない低平地向けには、深さ50cm程度・無勾配で施工する浅埋設暗渠技術も開発され、一部地域で普及しています。
費用の考え方
暗渠排水の工事費は、疎水材の種類と入手しやすさ、施工方法、排水路の深さなどの現場条件で大きく変わるため、全国一律の公式単価はありません。手がかりになるのは国の助成単価です。農地耕作条件改善事業の定額助成単価は現場条件等に応じた標準的な工事費の2分の1相当という設定で、令和5年度の単価は暗渠排水で10aあたり19万円等です。自分のほ場での金額は、この水準を出発点に、市町村や土地改良区を通じた見積もりで詰めていきます。
費用を抑える工夫としては、地域で入手しやすいもみ殻を疎水材に使うこと、本暗渠の間隔を詰める代わりに弾丸暗渠など低コストの補助暗渠を組み合わせることが基本です。また、暗渠は施工して終わりではなく、疎水材の劣化や管の目詰まりで機能が落ちるため、清掃や疎水材の再充填といった維持管理の手間も含めて投資を判断します。導入時には後述の支援制度を使えるかどうかで実質負担が大きく変わるため、工事費と制度をセットで検討してください。
使える支援制度
暗渠排水の整備には、農林水産省の2つの事業が使えます。
1つ目は農地耕作条件改善事業です。農地中間管理機構による担い手への農地集積に向けて、区画拡大や暗渠排水などきめ細かな耕作条件の改善をハードとソフトの両面から支援します。暗渠排水は定額助成と定率助成の両方のメニューにあり、定率助成の補助率は平地50%・中山間地域55%などです。対象は農振農用地のうち地域計画の策定区域等で、総事業費200万円以上・農業者2者以上などの要件があります。事業主体は農地中間管理機構、都道府県、市町村、土地改良区、農業協同組合、農業法人等です。制度の全体像は農地耕作条件改善事業の解説記事をご覧ください。
2つ目は農地中間管理機構関連農地整備事業です。機構が借り入れている農地等を対象に、農業者の申請・同意・費用負担によらず都道府県が基盤整備を行う公共事業で、区画整理・暗渠排水・客土・農業用用排水施設等を整備できます。事業施行地域内の全農用地で機構が農地中間管理権等を持ち、その期間が事業計画の公告日から15年以上あること、受益面積10ha以上(中山間地域や市町村が事業主体の場合は5ha以上)、事業完了後の担い手への集団化や収益性の向上といった要件を満たせば、農家負担ゼロで暗渠排水まで整備できます。詳しくは機構関連農地整備事業の解説記事で解説しています。
整備後の経営も見据えましょう。暗渠排水で水田を汎用化し麦・大豆・高収益作物へ転換する場合、作付けに対しては水田活用の直接支払交付金などの経営支援が関わります。基盤整備の補助と作付けの交付金を組み合わせて、転換後の収支を描いてから着工するのが定石です。
維持管理のポイント
暗渠排水は埋設施設のため、維持管理の良し悪しが寿命を決めます。要点は水閘の操作と管内の清掃です。
水閘の開閉には順序があります。閉じるときは上流から下流へ、開けるときは下流から上流へ操作します。複数の水閘を同時に開放すると管内の流量が過大になり、浮遊物が沈積しやすくなるためです。代かき前は支障のない限り早めに水閘を閉じて地下水位を上げると、代かき用水を節減でき、もみ殻など有機質疎水材の腐植も抑えられます。
暗渠管の清掃は、春の代かき前と秋の落水期の年2回程度が目安です。水閘を閉じて管内に水を十分にためてから一気に開け、水の勢いで土砂や水あかを流し出します。水閘を数回急激に開閉して水流に衝撃を与える洗浄が効果的です。落とせない目詰まりには、動力噴霧機のジェットノズルで管内の沈殿物を排除する方法があります。
排水口から水が出ないときは、暗渠管や水閘の閉塞・破損、疎水材の目詰まりを疑います。もみ殻疎水材は腐植が進むと容積が減り、地表下に空洞ができて陥没や踏み抜きの原因になるため、弾丸暗渠の施工やもみ殻の再充填で機能を回復させます。あわせて、暗渠排水口が排水路の水面上に出ているか、枯草や泥土で塞がれていないかを点検し、排水路の浚渫・除草・清掃を定期的に行いましょう。
よくある質問
暗渠排水と明渠排水はどう違いますか
明渠は地表に掘った開水路で表面の水を流し、暗渠は地中の管で土中の水を抜きます。役割が違うため対立するものではなく、ほ場の周囲に深さ20〜30cm程度の排水小溝を掘って地表排水を効かせると、暗渠の負担が減って排水全体が速くなります。地表排水、本暗渠、補助暗渠の順に組み合わせるのが基本形です。
工事費は10aあたりどの程度かかりますか
現場条件で変わるため、国は全国一律の工事費単価を公表していません。目安になるのは農地耕作条件改善事業の定額助成単価で、暗渠排水は10aあたり19万円等です。この単価は標準的な工事費の2分の1相当という設定のため、実際の工事費の検討材料になります。正確な金額は市町村や土地改良区を通じて見積もりを取りましょう。
補助を使いたいときはどこに相談すればよいですか
農地耕作条件改善事業は市町村の農政担当課か土地改良区が入口です。対象が地域計画の策定区域等のため、自分のほ場が区域に入っているかを市町村に聞くところから始めます。機構関連農地整備事業は都道府県が実施主体のため、市町村経由で県の農地整備部局につないでもらう流れです。
暗渠の効果が落ちてきたときはどうすればよいですか
まず排水口と水閘を点検し、塞がりや破損がなければ、水閘操作によるフラッシングで管内を洗浄します。それでも改善しない場合は疎水材の目詰まりや腐植による空洞が考えられるため、弾丸暗渠で新しい水みちを作るか、吸水渠に直交する方向に掘削してもみ殻を再充填します。
次の一歩
排水不良に悩んでいるなら、まず大雨の翌日に自分のほ場を歩き、水が残る場所と排水路の深さを記録しましょう。そのうえで市町村の農政担当課か土地改良区に相談し、地域計画の策定区域かどうか、農地耕作条件改善事業の対象になるかを聞きます。集落ぐるみで基盤整備まで踏み込むなら、農地中間管理機構への貸付けを前提に機構関連農地整備事業を県に相談する道もあります。すでに暗渠が入っているほ場では、今年の落水期に水閘のフラッシングを一度試してみてください。施工済みの暗渠を生かし切ることが、最も費用のかからない排水改善です。
キーワード解説
汎用化
水田を、水稲だけでなく麦・大豆・野菜などの畑作物も作れる状態に整えることです。排水改善で地下水位を下げることが中心で、暗渠排水は汎用化の主要な手段です。
水閘
暗渠の排水量を調節する開閉施設で、集水渠の途中や末端に設置します。畦畔に立てた管で操作する堅管式と、排水口のキャップで操作する水栓式があり、地下水位の調節や管内清掃に使います。
疎水材
吸水管の上に充填し、水を通しながら土砂の流入を防ぐ材料です。もみ殻が全国で最も多く使われ、ほかに木材チップ、砕石、貝殻などがあります。
弾丸暗渠
トラクタで弾丸形の器具を地中にけん引し、管を使わずに水みちを作る補助暗渠です。深さ40〜60cm程度に施工し、本暗渠と組み合わせて難透水性土壌の排水を高めます。
農地中間管理機構(農地バンク)
農地の出し手から農地を借り受け、担い手にまとめて貸し付ける都道府県の機関です。機構が借りている農地は、農地耕作条件改善事業や機構関連農地整備事業の対象になります。