クマは、農作物の被害額でみればシカやイノシシよりずっと小さい獣です。ところが人の生活圏への出没と人身被害だけが急に増えていて、これまで対策の必要がなかった地域でも畑や果樹園に入られる例が出ています。すでに電気柵を張っているのに、柵の下を掘られて突破されたという話も同時に増えました。この記事では、出没がどこまで増えているのか、いまある柵をどう補強するのか、捕獲を市町村に頼むときにどれだけの支援があるのか、農地での銃猟がどこまで認められているのかを、環境省と農林水産省の資料をもとに整理します。

概要

項目内容
対象となる方 クマの出没が始まった地域の農家・果樹農家、集落や地域協議会の役員
まず打つ手 放任果樹・収穫残渣・生ゴミの撤去と、電気柵の外側へのトリップライン追加
捕獲への支援 頭数払いは1頭当たり平均約2万円。市町村の上乗せが平均約3万円。クマ用の大型箱わなは上限単価なしの定額
柵・緩衝帯への支援 鳥獣被害防止総合対策交付金。事業主体は市町村・地域協議会で、個人で申請する制度ではありません
出没したときの連絡先 市町村の鳥獣被害担当課。人の身に危険が及んでいるときは警察にも通報しましょう
詳しくは 市町村の鳥獣被害担当課・地域協議会、都道府県の鳥獣行政担当課

出没はどこまで増えているか

クマの出没件数は、直近の年度に50,801件まで増えました。前の年度は20,513件でしたから、1年で2.5倍です。集中するのは秋で、10月だけで15,998件、11月も10,338件を数えました。

問題は、今年の立ち上がりが早いことです。4月の出没が1,782件で、前年同月の800件の2.2倍にあたり、直近5年で最も多くなりました。5月も4,551件で前年の1.8倍です。冬眠明けの時期から前年を大きく上回るペースで動いています。

年度出没件数(年度計)うち4月・5月
令和4年度11,135件437件・1,526件
令和5年度24,348件593件・1,974件
令和6年度20,513件689件・2,453件
令和7年度50,801件800件・2,528件
令和8年度(5月末まで)6,333件1,782件・4,551件

この数字は速報値で、集計の方法は都道府県ごとに違います。警察への通報件数で数える県もあれば、市町村からの情報を積み上げる県もあります。北海道は出没数を公表しておらず、九州・沖縄の8県はクマが生息しないため調査の対象外です。つまり全国計は本州・四国のヒグマを除いた数字として読む必要があります。

人身被害と捕獲頭数

人身被害は216件・238人にのぼり、うち13人が亡くなりました。平成20年度以降でいちばん多い年です。今年度も6月末までに36件・40人で、亡くなった方は6人に達しています。

捕獲も急増しました。許可捕獲数は14,745頭で、前の年度の5,345頭の2.8倍です。

年度人身被害件数死亡者数許可捕獲数
令和5年度198件6人9,272頭
令和6年度82件3人5,345頭
令和7年度216件13人14,745頭
令和8年度(6月末まで)36件6人886頭(5月末暫定)

農作物の被害額でみると、クマは減っています

野生鳥獣による農作物被害額は、全国で188億円です。このうちクマは5.2億円で、獣種別では7番目にとどまります。しかも前の年度の7.4億円から2.2億円減りました。食べられる量が増えているわけではないのです。

被害額の中心は変わらずシカとイノシシで、この2種だけで6割を超えます。増え方が目立つのはヒヨドリで、3.3億円から8.1億円へ2.4倍になりました。

獣種被害金額前年度からの増減
シカ78.5億円+9.0億円
イノシシ44.6億円+8.2億円
カラス13.6億円+0.2億円
ヒヨドリ8.1億円+4.7億円
クマ5.2億円▲2.2億円
鳥獣計188億円+24.0億円

増えているのは畑で食べられる量ではなく、人の生活圏にクマが出てくること自体です。だからクマの対策は、作物を柵で囲うだけでは足りず、集落や農地の周りに近づけない側の手当てが要ります。獣種を横断した対策の考え方は鳥獣被害対策の3つの柱にまとめてあります。

なお全国の被害額は都道府県の報告を積み上げて毎年12月ごろに公表され、直近分は令和6年度が最新です。この数字も公表後に東京都分の訂正が入りました。速報が出るクマの出没・人身被害と違って、被害額は1年以上遅れて確定します。

電気柵は外側にもう1本足します

クマは作物への執着が強く、感電の痛みを覚えても柵の下を掘って入ってきます。ワイヤーが3段張ってあっても、地面との隙間を掘られれば意味がありません。

そこで効くのがトリップラインです。既設の電気柵の外側に、地上20〜25センチの高さで線を1本だけ追加し、支柱から30〜50センチ離して張ります。掘ろうとして頭を下げたところで先に鼻先が触れるため、掘る気力を失わせる仕組みです。長野県下高井郡木島平村池の平地区では、クマに突破された弱い部分の外側にこれを足したあと、柵の下を掘っての侵入がなくなりました。

電気柵の外側に地上20〜25センチの高さで1本追加するトリップラインの模式図と、長野県木島平村での活用事例。掘って侵入した跡と、外側を補強した後の柵の写真。
トリップラインは既設の電気柵の外側に1本を足す補強。上段は20センチ間隔、追加する線は地上20〜25センチで支柱から30〜50センチ離す。出典:環境省ほか「政府によるクマ被害対策 支援メニュー一覧

電気柵そのものの張り方や、通電の確認、危険表示など守るべき決まりは電気柵の補助金と設置ルールで解説しています。草が触れていれば電圧は落ちますから、追加した線の下も刈っておきましょう。

引き寄せるものを農地に残さない

捕獲を強めるだけでは出没は止まりません。クマの専門家がまとめた対策方針は、放任果樹、生ゴミ、コンポスト、収穫残渣といった誘引物の除去を徹底し、そのうえで農地への侵入を防ぐ電気柵の設置や追い払いを組み合わせるよう求めています。

実際に手を入れる対象はほとんど決まっています。もう出荷しない柿や栗の木、選果で落ちた果実を捨てている場所、収穫後に畑の隅に積んだ残渣です。これらは人がいる場所へクマを呼び寄せる餌になります。

あわせて緩衝帯を整えます。山と農地の境の藪を刈り払って見通しをつくり、潜み場をなくす作業です。個体数が多い地域では刈り払いだけでは決め手になりにくいため、強固な金属柵や、設置と撤去が容易な一時的な電気柵と一体で整備する形が推奨されています。

捕獲を頼むときに使える支援

クマの捕獲には、ほかの獣とは別建ての単価が用意されています。鳥獣被害防止総合対策交付金のクマ特別対策で、頭数払いの設定単価は平均で約2万円です。通常メニューの上限が1頭当たり8千円ですから、2倍を超える水準になります。

さらに市町村が独自に上乗せしている例が多く、その額は平均で約3万円です。頭数ではなく日当で払う形もあり、罠の見回りは1時間2千円、集中捕獲は1日3万円といった単価が使われています。

クマ特別対策の全体像。捕獲活動経費の支援は頭数払い平均約2万円と市町村上乗せ平均約3万円、捕獲機材はクマ用大型箱わなを上限単価なしの定額で支援。通常メニューは頭数8千円、箱わな上限119千円。
クマ特別対策では捕獲単価が通常メニューより大幅に引き上げられ、クマ用の大型箱わなは上限単価なしの定額で支援される。出典:環境省ほか「政府によるクマ被害対策 支援メニュー一覧
支援の内容金額
頭数払い(クマ特別対策)1頭当たり平均約2万円。市町村の上乗せが平均約3万円
罠の見回り1時間2千円
集中捕獲1日3万円
クマ用の大型箱わな上限単価なしの定額
頭数払い(通常メニュー)1頭当たり上限8千円。日当払いも可能
箱わな(通常メニュー)1基当たり上限119千円。補助率2分の1以内、鳥獣被害対策実施隊が行う場合は定額

この特別対策は、北海道を中心に全国19県・市町村で動いています。捕獲は市町村の行動範囲だけで完結しないため、ブナが凶作の年に広く動くクマの性質を踏まえ、近隣市町村と一体で強化する形に変わってきました。単価は地域ごとに設定されるので、自分の市町村がクマ特別対策を使っているかどうかを鳥獣被害担当課で聞くのが最初の一歩です。

事業主体は市町村や地域協議会で、農家が個人で申請する制度ではありません。捕獲そのものを頼む手順や、わな・銃の許可、報奨金の考え方は有害鳥獣捕獲の許可と報奨金にまとめてあります。

農地は「人の日常生活圏」に含まれます

住宅が集まる場所での銃猟は、もともと法律で禁じられていました。それが令和7年の鳥獣保護管理法の改正(令和7年法律第28号)で変わり、市町村長の判断でクマとイノシシを銃で捕獲できる緊急銃猟が新設されました。実施できる範囲は人の日常生活圏とその付近で、ここには住居や広場、生活用道路、商業施設と並んで農地が明記されています。市街地の事件だけの制度ではありません。

実施には4つの条件がそろう必要があります。

  • 危険鳥獣が人の日常生活圏に侵入していること
  • 人の生命または身体への危害を防ぐ措置が緊急に必要であること
  • 銃猟以外の方法では的確かつ迅速に捕獲することが難しいこと
  • 避難などによって地域住民に弾丸が到達するおそれがないこと

今年度は7月末までに、発砲まで至った事例が25件ありました。うち2件はイノシシで、残りはヒグマとツキノワグマです。事例は東北・北陸と北海道に集中していますが、奈良県東吉野村や三重県尾鷲市のように西日本の山あいの町村も含まれます。

ただし出没時に必ず銃猟で対応するわけではありません。追い払いやはこわなによる捕獲を含めて現場で手段を選ぶ仕組みで、条件を満たさないと判断されれば銃は使われません。実施に伴う物の損害は市町村が補償し、人身事故は国家賠償法で扱われます。

国は捕獲と体制をどこまで増やすか

政府は関係閣僚会議でクマ被害対策のロードマップを決め、2030年度までの目標を数字で置きました。クマの捕獲作業などに従事する自治体職員を2,500名(現在の約3倍)、はこわなを10,000基(約2倍)、クマ撃退スプレーを20,000本(約3倍)に増やす計画です。

足元の整備状況はまだ遠いところにあります。クマが生息する市町村849に対して、従事する職員は784名、はこわなは5,527基、スプレーは7,093本です。市町村に相談しても人と資機材がすぐには出てこないのは、この水準が背景にあります。

捕獲の目標も地域ごとに決められました。東北・関東・中部は個体数を減らす方向、近畿・中国は増やさない管理という考え方の違いがあります。

ブロック推定個体数今年度の暫定的な捕獲目標数
東北19,237頭3,800頭
中部17,553頭3,500頭
近畿・中国6,420頭900頭
関東2,983頭600頭
北海道11,600頭12,540頭(2025年から2034年の総目標)

クマは令和6年4月に指定管理鳥獣に指定されました。これによって都道府県が行う捕獲や出没防止の対策に国の交付金が入るようになり、市町村向けの支援も同時に厚くなっています。

出没が始まったときにやること

  1. 農地の周りを歩いて、爪痕・糞・掘り返し・食べ跡の場所を記録します。侵入している経路が見えてきます。
  2. もう収穫しない果樹、落果、選果で落ちた果実、収穫残渣、生ゴミ、コンポストを撤去します。
  3. 既設の電気柵に、外側の1本(トリップライン)を追加します。あわせて柵の下と周りの草を刈ります。
  4. 出没を見たら市町村の鳥獣被害担当課へ連絡します。人の身に危険が及んでいるときは警察にも通報します。
  5. 捕獲が必要なら、市町村・地域協議会にクマ特別対策を使っているかを確認し、はこわなの設置と見回りの体制を相談します。
  6. 山との境の藪の刈り払いや緩衝帯の整備は、集落単位で計画すると交付金の対象になります。地域協議会の議題に乗せましょう。

よくある質問

電気柵はクマにも効きますか

効きます。感電の痛みを学習して近づかなくなるため、クマに対しても有効な侵入防止柵です。ただし作物への執着が強い個体は柵の下部を掘り起こして入ります。そのため電気柵の外側にもう1本の線を張るトリップラインで補強する方法が広まっています。長野県木島平村の事例では、追加整備後に柵の下を掘っての侵入がなくなりました。

クマが出たらどこに連絡すればよいですか

市町村の鳥獣被害担当課です。捕獲の許可も緊急銃猟の判断も市町村が主体になります。人の身に危険が及んでいる場合は警察にも通報してください。緊急銃猟の場面でも、警察は避難誘導などで協力する仕組みになっています。

柵や緩衝帯の整備に補助はありますか

あります。鳥獣被害防止総合対策交付金で、侵入防止柵の整備と緩衝帯の整備が対象です。ただし事業主体は市町村や地域協議会で、農家が個人で申請するものではありません。集落単位で計画を立てて協議会に上げる形が基本になります。

農地でも銃で捕獲してもらえますか

できます。緊急銃猟が実施できる「人の日常生活圏」には農地が明記されています。住居や広場、生活用道路、商業施設と同じ扱いです。ただし危害を防ぐ緊急性、銃猟以外では難しいこと、避難などにより弾丸が住民に届くおそれがないことなど、4つの条件を満たすと市町村が判断した場合に限られます。

農作物の被害額は減っているのに、なぜ危険は増えているのですか

クマの被害額は5.2億円で前の年度より2.2億円減りました。一方で出没件数は2.5倍、人身被害は216件で最多、捕獲は14,745頭に増えています。畑で食べられる量ではなく、人の生活圏に出てくる回数が増えているためです。対策も作物を守る柵だけでなく、誘引物の除去と緩衝帯で近づけないことに重心が移っています。

キーワード解説

トリップライン

既設の電気柵の外側に、線をもう1本だけ追加して張る補強方法です。高さは地上20〜25センチ、支柱からは30〜50センチ離します。柵の下を掘ろうとするクマの鼻先が先に触れるため、掘る行動そのものをやめさせる効果があります。柵を作り直すのではなく、突破された弱い場所だけを足すやり方が現場で使われています。

人の日常生活圏

人が生計を立て、普段活動する過程で行動する範囲を指します。住居や広場、生活用道路、商業施設、電車や自動車と並んで、農地その他の勤務地も含まれます。従来から銃猟が禁じられてきた「住居集合地域等」より広い概念で、緊急銃猟が実施できる範囲を決める考え方になります。

緊急銃猟

クマとイノシシが人の日常生活圏に侵入した際に、安全確保の措置を講じたうえで、市町村長の判断で銃を使った捕獲を行える制度です。令和7年の鳥獣保護管理法の改正で新設されました。市町村が捕獲者に委託して実施でき、実施に伴う物の損害は市町村が補償します。運用の手順は環境省の緊急銃猟ガイドラインに示されています。

緩衝帯

山林と農地・集落の境に設ける、見通しのよい帯状の区域です。藪を刈り払って潜み場をなくし、放任果樹などの誘引物を撤去することで、獣が人里へ近づきにくい状態をつくります。クマの個体数が多い地域では刈り払いだけでは決め手にならないため、強固な柵や一時的な電気柵と一体で整備する形が推奨されています。

指定管理鳥獣

集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして環境大臣が定める鳥獣です。ニホンジカ、イノシシに加えて、令和6年4月にクマ類が指定されました。指定されると、都道府県が実施する捕獲や出没防止の対策に指定管理鳥獣対策事業交付金が使えるようになります。

出典:環境省「クマに関する各種情報・取組」(クマ類の出没情報・許可捕獲数・人身被害件数の速報値、政府によるクマ被害対策 支援メニュー一覧、クマ被害対策ロードマップ、令和8年度の緊急銃猟実施状況)、環境省「緊急銃猟」(緊急銃猟ガイドライン。緊急銃猟の条件、人の日常生活圏の考え方、損失補償、クマ類による被害防止に向けた対策方針の引用)、農林水産省「農作物被害状況」(全国の野生鳥獣による農作物被害状況、被害金額の推移、都道府県別被害状況、訂正のお知らせ)、農林水産省「鳥獣被害対策コーナー」(鳥獣被害防止総合対策交付金)。出没件数・人身被害件数・捕獲数は速報値で、集計方法は都道府県ごとに異なり、北海道の出没数は非公表、九州・沖縄8県は調査対象外です。農作物被害額は都道府県の報告に基づく令和6年度の値です。捕獲の単価や柵の補助は地域ごとの設定・年度によって変わるため、市町村の鳥獣被害担当課・地域協議会で最新の内容をご確認ください。