米づくりの収益の柱を増やす方法として、水田の中干し延長によるJ-クレジットが注目を集めています。普段おこなっている中干しを通常より7日間延長するだけで、温室効果ガスであるメタンの発生量を3割減らせます。この削減量を国の認証を受けてクレジットとして販売すれば、作付面積に応じた副収入になります。この記事では、米農家・農業法人の方に向けて、仕組み・要件・申請の流れ・収入の考え方・栽培上の注意を順に解説します。
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 水稲を栽培する農家・農業法人。地域で取りまとめるJA・自治体の農政担当も関わります。 |
| 何を | 中干し期間を通常より7日以上延長してメタンを削減し、その削減量をJ-クレジットとして認証・販売します。 |
| 収入の考え方 | 削減量(CO2換算トン)×販売価格で決まります。価格は需給で変動するため、面積に応じた副収入と位置づけます。 |
| 要件 | 実施前の直近2か年以上の平均より7日以上の延長と、中干しの開始日・終了日の記録が必要です。 |
| 次の一歩 | JAや取りまとめ事業者に、参加できるプログラム型プロジェクトの募集状況を相談します。 |
中干し延長のJ-クレジットとは
J-クレジット制度は、温室効果ガスの排出削減量や吸収量を国が認証し、売買できる「クレジット」に変える制度です。経済産業省・環境省・農林水産省が共同で運営します。これまで省エネ設備の導入や森林整備などで活用が進んできましたが、2023年3月に方法論「水稲栽培における中干し期間の延長」(AG-005)が承認され、米農家が自分の水田で取り組める選択肢に加わりました。
2024年1月には、この方法論に基づき、農業分野の排出削減量として初めてのクレジット認証が実現しました。水田での日々の水管理が、認証を経て売却できる「環境価値」になった転換点です。森林の吸収量を売買する仕組みは森林のJ-クレジットの記事で、農業分野全体の選択肢は姉妹記事の農業のカーボンクレジットまとめで解説しています。
水田のメタンを減らす仕組み
水を張った水田の土壌は酸素が乏しく、メタンをつくる土壌中の微生物が活発に働きます。このため水田は国内の農業由来メタン排出の約4割を占めます。中干しで田面を乾かすと土壌に酸素が入り、微生物の働きが弱まってメタンの発生が抑えられます。農林水産省の知見では、中干しを通常より7日間延長するとメタン発生量を3割削減できます。
国は2050年までの農林水産分野のCO2ゼロエミッション化を目標とし、みどりの食料システム戦略と地球温暖化対策計画に位置付けています。中干し延長は、特別な設備投資をせずに今ある水田で実行できる削減手段として、この目標の最前線にあります。農業の気候変動対応の全体像は農業の気候変動対応の記事をご覧ください。
認証を受けるための要件
方法論AG-005の主な要件は次の2点です。
- 延長日数:中干し期間を、実施前の直近2か年以上の平均より7日以上延長します。比較の基準は「自分の田んぼの過去の実績」であり、地域の標準日数ではありません。
- 記録:中干しの開始日・終了日の証跡が必要です。いつ水を落とし、いつ入れ直したかを毎年記録します。
過去2か年以上の中干し実績が基準になるため、これから参加を考える方は、まず手元の営農記録や水管理のメモから例年の中干し日程を整理しておくと、その後の手続きが速く進みます。
申請の流れとプログラム型プロジェクト
クレジット化までの流れは「プロジェクト登録 → モニタリング → 検証 → 認証」の4段階です。登録には3〜6か月程度かかり、その後も削減量の計測(モニタリング)と第三者による検証を経て、初めてクレジットが発行されます。
この一連の手続きを個々の農家が単独で進めるのは負担が大きいため、取りまとめ事業者(運営・管理者)が複数の農家を束ねて申請するプログラム型プロジェクトへの参加が現実的です。参加農家は中干しの延長と記録の提出に集中し、登録・検証・販売などの事務は取りまとめ事業者が担います。JAや自治体、民間事業者が地域単位で募集するケースがあるため、最寄りの窓口で募集状況を聞くことが第一歩になります。
収入と費用の考え方
クレジットによる収入は「削減量(CO2換算トン)×販売価格」で決まります。削減量は作付面積に応じて積み上がるため、面積が大きいほど収入も増える構造です。一方で販売価格は需給で変動するため、特定の金額を前提に経営計画を立てるのではなく、米の販売収入を補う副収入と位置づけるのが堅実です。
費用面では、プログラム型に参加する場合、検証などの手続きは取りまとめ事業者が担うため、農家側の主な負担は記録の手間です。参加条件やクレジット収入の配分の決め方はプログラムごとに異なるので、参加前に契約内容を把握しましょう。米の販売環境そのものが変わりつつあるいま、収入源の分散は経営の安定につながります。米政策の動きは米政策の見直しの記事で解説しています。
栽培上の注意
中干しの延長は、収量・品質への影響を見ながら判断します。土壌条件や品種、その年の天候によって稲の生育への影響は変わるため、いきなり全ての圃場で延長するのではなく、影響を見極めながら範囲を決める進め方が安全です。
もう一つの論点は地域の水管理です。用水は集落や土地改良区の単位で調整されているため、自分の田んぼだけ落水時期を変えると周囲の水利に影響する場合があります。中干し延長は、用水の調整との両立を見ながら、地域ぐるみで取り組むのが現実的です。プログラム型プロジェクトが地域単位で募集されるのは、この水管理の事情とも合っています。
よくある質問
小さい面積の農家でも参加できますか
参加できます。プログラム型プロジェクトは複数の農家の削減量を取りまとめて申請する仕組みのため、一戸あたりの面積が小さくても参加の道があります。収入は面積に応じた削減量に比例するため、収入規模もそれに応じたものになります。
中干しを延長すると収量は下がりませんか
影響は土壌条件・品種・天候によって変わります。収量・品質への影響と地域の水管理との両立を見ながら判断するのが基本です。導入初年は一部の圃場で試し、JAや普及指導センターに相談しながら範囲を広げる進め方をおすすめします。
クレジットはどのくらいの金額で売れますか
販売価格は需給で変動するため、事前に金額を断定できません。収入は「削減量×販売価格」で決まる仕組みであることを押さえたうえで、参加するプログラムの販売・配分条件を比べて判断しましょう。
記録は何を残せばよいですか
中干しの開始日・終了日の証跡が必要です。あわせて、延長の基準となる直近2か年以上の中干し実績も求められるため、営農日誌や水管理アプリなどで日付を残す習慣をつけておくと申請がスムーズです。
次の一歩
中干し延長のJ-クレジットに関心を持ったら、次の順で動きましょう。
- 営農日誌や記憶をたどり、直近2か年以上の中干しの開始日・終了日を整理します。
- JA・自治体・取りまとめ事業者に、地域で参加できるプログラム型プロジェクトの募集状況を相談します。
- 収量・品質への影響を試せる圃場を決め、用水の調整について地域と話し合います。
- 土づくりや森林など他の選択肢も含めて比べたい方は、姉妹記事の農業のカーボンクレジットまとめをご覧ください。
キーワード解説
J-クレジット制度
温室効果ガスの排出削減量・吸収量を国が認証し、企業などに販売できるクレジットとして発行する制度です。経済産業省・環境省・農林水産省が共同で運営します。
中干し
稲の生育中に一度田んぼの水を抜き、田面を乾かす水管理作業です。この期間を通常より7日間延長すると、メタンの発生量を3割削減できます。
メタン
CO2と並ぶ温室効果ガスの一つです。水を張った水田では土壌中の微生物によって発生し、国内の農業由来メタン排出の約4割を水田が占めます。
プログラム型プロジェクト
取りまとめ事業者(運営・管理者)が複数の農家の取組を束ねて、一つのプロジェクトとして登録・申請する方式です。個別申請に比べて農家一人ひとりの事務負担が小さく、参加の現実的な入口になります。
みどりの食料システム戦略
農林水産省が進める環境政策の基本戦略です。2050年までの農林水産分野のCO2ゼロエミッション化を目標とし、水田のメタン削減もこの戦略に位置付けられた取組です。