トラクターの転落・転倒、刈払機のケガ、夏場の熱中症。農作業の事故は毎年250件前後の死亡事故につながっていますが、雇われずに働く個人農家は、そのままでは労災保険の対象になりません。労災保険はもともと雇用されている労働者のための制度だからです。そこで用意されているのが特別加入という任意加入の仕組みです。この記事では、個人農家・家族従事者・小規模な農業経営者が労災保険に入るための3つの区分の要件、療養・休業・障害・遺族といった補償内容、保険料の計算方法、加入手続きまでを、厚生労働省と農林水産省の公式情報をもとに解説します。

概要

項目内容
誰が雇われずに農業を営む個人農家・家族従事者、労働者を雇う中小規模の農業経営者(個人・法人とも)
何を労災保険に任意で加入し、農作業中の負傷・疾病・障害・死亡に対する療養・休業・障害・遺族などの給付を受けられるようにする
保険料年間保険料=給付基礎日額(3,500円〜25,000円から選択)×365×保険料率。特定農作業従事者は1000分の9、指定農業機械作業従事者は1000分の3
手続き先特定農作業従事者・指定農業機械作業従事者は特別加入団体を通じて申請。中小事業主等は労働保険事務組合に労働保険事務を委託して申請
次の一歩自分がどの区分に当てはまるかを本記事の比較表で確かめ、地域の特別加入団体または労働保険事務組合に加入を相談する

農業の労災保険とは

労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者が業務上の事由や通勤によって負傷・疾病・障害・死亡に至ったときに、国が保険給付を行う制度です。原則として保護の対象は「雇用されている労働者」であり、農業法人やJAに雇われて働く人は当然に対象となります。一方で、自分の経営として農業を営む個人農家や、その家族従事者は労働者ではないため、そのままでは労災保険の補償を受けられません。

そこで労災保険には、労働者以外の人でも、業務の実情や災害の発生状況からみて労働者に準じて保護することがふさわしい人に限り、任意で加入できる特別加入という仕組みがあります。農業者はこの特別加入の代表的な対象で、後述する3つの区分のいずれかに当てはまれば、農作業中の事故に対して労働者と同様の給付を受けられます。平成30年4月からは出荷作業・販売作業も補償の対象に加わり、生産から販売までを自分でこなす農業者の働き方に補償範囲が広がっています。

農作業死亡事故の発生状況

農林水産省の調査では、農作業中の死亡事故は毎年250件前後発生しています。令和5年の農作業死亡事故は236人で、このうち農業機械作業に係る事故が147人と全体の62.3%を占め、機械事故の中では機械の転落・転倒が60人(40.8%)と最多でした。年齢別では65歳以上が202人と全体の85.6%に達しています。

令和6年は287人と前年から51人増え、令和元年以来5年ぶりの増加に転じました。統計開始以来もっとも暑い夏となった影響で5月〜9月の死亡者が前年同期より52人増え、うち21人が熱中症によるものです。機械の事故だけでなく、熱中症や高所からの転落といった身近なリスクも命に関わります。雇われていない農業者にはこうした事故への公的補償が自動では付かないからこそ、特別加入の検討に意味があります。

特別加入できる農業者の3区分

農業者が労災保険に特別加入する区分は、特定農作業従事者・指定農業機械作業従事者・中小事業主等の3つです。まず違いを一覧で押さえましょう。

区分主な対象者主な要件通勤災害の補償
特定農作業従事者一定規模以上で農業を営む人(労働者以外の家族従事者を含む)年間の農業生産物総販売額300万円以上または経営耕地面積2ヘクタール以上で、対象となる危険な作業に従事すること対象外
指定農業機械作業従事者自営農業者(労働者以外の家族従事者を含む)農業用トラクター・動力耕うん機など指定された農業機械を使って農作業を行うこと対象外
中小事業主等労働者を常時雇用する中小規模の事業主とその家族従事者・役員常時300人以下の労働者を使用し、労働保険事務組合に労働保険事務を委託すること対象

特定農作業従事者の要件

特定農作業従事者として特別加入できるのは、次の3つをすべて満たす人です。

  • 年間の農業生産物総販売額が300万円以上、または経営耕地面積が2ヘクタール以上の規模で経営していること。
  • 土地の耕作・開墾、植物の栽培・採取、家畜・蚕の飼育のいずれかの作業を行う農業者であること。労働者以外の家族従事者も含みます。
  • 次のいずれかの作業に従事すること。①動力により駆動する機械を使用する作業、②高さ2メートル以上の箇所での作業、③酸素欠乏危険場所での作業、④農薬散布の作業、⑤牛・馬・豚に接触する作業。

トラクターや動力刈払機を使う、果樹の高所作業をする、農薬を散布する、畜産で牛や豚に接する。こうした作業はほとんどの専業経営に含まれます。販売額または面積の規模要件を満たす農家であれば、多くの場合この区分が候補になります。

指定農業機械作業従事者の要件

指定農業機械作業従事者は、自営農業者が農業用トラクター、動力耕うん機、コンバインなどの自走式収穫機といった指定された農業機械を使って農作業を行う場合の区分です。補償の対象は指定機械を使った作業に伴う災害で、機械を使っていない作業中の事故は対象になりません。対象機械の具体的な範囲は厚生労働省が公開しているので、自分の使う機械が含まれるかは加入前に特別加入団体や労働局でご相談ください。

中小事業主等の要件

労働者を雇って農業を営む個人事業主や農業法人の代表者は、中小事業主等として特別加入できます。要件は次のとおりです。

  • 常時300人以下の労働者を使用する事業主であること(金融業・保険業・不動産業・小売業は50人以下、卸売業・サービス業は100人以下。農業は300人以下が基準です)。
  • 雇用する労働者について労働保険の保険関係が成立していること。
  • 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること。
  • 事業主本人だけでなく、その事業に従事する役員や家族従事者など労働者以外の人を全員包括して加入の手続きを行うこと。

3区分のうち通勤災害まで補償されるのはこの中小事業主等だけです。特定農作業従事者と指定農業機械作業従事者は、通勤中の事故が補償の対象外となる点に注意しましょう。

補償内容

特別加入者は、業務災害について労働者と同様の保険給付を受けられます。主な給付は次のとおりです。給付額の計算には、加入時に自分で選んだ給付基礎日額を用います。

給付の種類どんなとき給付の内容
療養(補償)給付業務上の傷病で療養が必要なとき労災病院・労災保険指定医療機関での治療(現物給付)、または療養費用の支給
休業(補償)給付療養のため働けず収入を得られないとき休業4日目から、1日につき給付基礎日額の60%。あわせて休業特別支給金20%が支給され、合計で日額の8割
障害(補償)給付治った後に障害が残ったとき障害等級第1級〜第7級は給付基礎日額の313日分〜131日分の年金、第8級〜第14級は503日分〜56日分の一時金。障害特別支給金も別途支給
遺族(補償)給付業務上の事故で死亡したとき遺族の人数に応じて給付基礎日額の245日分〜153日分の年金(年金を受ける遺族がいない場合は1,000日分の一時金)。遺族特別支給金300万円も別途支給
葬祭料(葬祭給付)死亡した人の葬祭を行うとき定額部分と給付基礎日額に応じた額の葬祭費用を支給

このほか、療養開始後1年6か月を経過しても治らず重い傷病等級に該当する場合の傷病(補償)年金、重度障害で介護が必要な場合の介護(補償)給付もあります。治療費の自己負担なしで療養でき、働けない間の収入と、万一の際の遺族の生活まで支える点が、民間の傷害保険にはない労災保険の特徴です。

保険料の決まり方

特別加入の保険料は、加入時に3,500円から25,000円までの範囲で自分が選ぶ給付基礎日額をもとに計算します。給付基礎日額は申請に基づいて労働局長が決定し、保険料と給付額の両方の基礎になります。計算式は次のとおりです。

  • 保険料算定基礎額=給付基礎日額×365
  • 年間保険料=保険料算定基礎額×保険料率

保険料率は区分ごとに決まっています。第2種特別加入保険料率では、特定農作業従事者が1000分の9、指定農業機械作業従事者が1000分の3です。中小事業主等は、営む事業に適用される労災保険率を用います。

計算例を挙げます。特定農作業従事者が給付基礎日額10,000円を選んだ場合、保険料算定基礎額は10,000円×365=365万円、年間保険料は365万円×9/1000=32,850円です。同じ日額で指定農業機械作業従事者なら365万円×3/1000=10,950円になります。給付基礎日額を低く選べば保険料は下がりますが、休業給付や遺族年金など給付額の計算基礎も下がります。働けなくなったときに必要な生活費から逆算して日額を選びましょう。

加入手続きの流れ

特定農作業従事者・指定農業機械作業従事者は、個人で直接申請するのではなく、特別加入団体を通じて加入します。手順は次のとおりです。

  1. 地域の特別加入団体を探します。厚生労働省が特別加入団体の一覧表を公開しているほか、JAなど農業団体が窓口となっている地域もあります。
  2. 団体を通じて加入を申請し、給付基礎日額を選びます。日額は申請に基づいて労働局長が決定します。
  3. 承認後、団体を通じて保険料を納付します。以後、農作業中の事故が起きたときは団体を通じて給付を請求します。

中小事業主等は、まず労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託したうえで、事業主・家族従事者・役員を包括して特別加入を申請します。商工会・商工会議所や事業協同組合などが労働保険事務組合の認可を受けています。なお、特別加入の申請手続きは、e-Gov(イーガブ)による電子申請にも対応しています。

雇用がある農業法人との違い

労働者として雇用されている人は、特別加入をしなくても労災保険で保護されます。農業法人に雇われている従業員や、個人農家に雇われているパート・アルバイトが業務上の事故にあえば、事業主が手続きした労災保険から給付を受けるのが原則です。特別加入は、あくまでこの保護が及ばない「労働者以外の人」のための任意加入の仕組みです。

整理すると次のようになります。雇用される側(従業員)は労災保険の本来の対象です。雇用する側(法人代表者・個人事業主)と、その家族従事者・役員は本来の対象外なので、中小事業主等として特別加入する必要があります。誰も雇わず家族だけで営農している個人農家は、特定農作業従事者または指定農業機械作業従事者として特別加入する道があります。人を雇い始めた農業経営者は、従業員の労災保険の手続きと、自分自身の特別加入の両方を忘れないようにしましょう。雇用就農や法人化を検討している方は、関連記事「雇用就農資金」もあわせてご覧ください。

よくある質問

家族従事者も特別加入できますか

できます。特定農作業従事者・指定農業機械作業従事者の区分は、労働者以外の家族従事者も対象に含みます。中小事業主等の区分では、事業主だけでなく家族従事者・役員など労働者以外の従事者を全員包括して加入することが要件です。

通勤中の事故も補償されますか

区分によって異なります。中小事業主等は通勤災害も補償の対象です。一方、特定農作業従事者と指定農業機械作業従事者は通勤災害が補償の対象外です。自宅と圃場の往復が多い経営では、この差も区分選びの判断材料になります。

経営規模が小さい兼業農家でも入れますか

特定農作業従事者には、年間の農業生産物総販売額300万円以上または経営耕地面積2ヘクタール以上という規模要件があります。この規模に届かない場合でも、農業用トラクターなどの指定農業機械を使う自営農業者であれば、指定農業機械作業従事者として加入できる可能性があります。自分の経営がどちらに当てはまるかは、地域の特別加入団体や労働局でご相談ください。

農業共済や収入保険に入っていれば労災保険は不要ですか

役割が異なるため、代わりにはなりません。農業共済は自然災害などによる農作物・施設の損害、収入保険は経営全体の収入減少に備える制度で、いずれも「物」や「収入」への補償です。労災保険の特別加入は、農業者自身の体のケガ・病気・死亡を補償します。経営のリスク対策としては、物・収入・体の3つをそれぞれの制度でカバーする組み合わせが基本になります。

保険料はどのくらいかかりますか

選ぶ給付基礎日額と区分で決まります。たとえば給付基礎日額10,000円なら、特定農作業従事者は年間32,850円、指定農業機械作業従事者は年間10,950円です。日額3,500円〜25,000円の範囲で選べるため、年間の保険料は数千円台から十数万円台まで幅があります。

次の一歩

まず、本記事の3区分の比較表で自分が当てはまる区分を確かめましょう。雇用がなく規模要件を満たすなら特定農作業従事者、機械作業が中心なら指定農業機械作業従事者、人を雇っているなら中小事業主等が出発点です。次に、地域の特別加入団体(または労働保険事務組合)を探して加入を相談し、休業時に必要な生活費から給付基礎日額を決めます。特別加入団体の一覧と制度のしおりは、厚生労働省「労災保険への特別加入」のページからたどれますので、最新の様式とあわせてご覧ください。

あわせて経営のリスク対策全体を見直すなら、収入減少に備える「収入保険」、自然災害による損害に備える「農業共済」の解説記事が役立ちます。人を雇って経営を広げる段階の方は「雇用就農資金」の記事で雇用側の支援策も押さえておきましょう。

キーワード解説

特別加入

本来は労働者を保護対象とする労災保険に、労働者以外の人が任意で加入できる仕組みです。業務の実情や災害の発生状況からみて労働者に準じて保護することがふさわしい人が対象で、中小事業主等、一人親方その他の自営業者、特定作業従事者、海外派遣者の区分があります。農業者の特定農作業従事者・指定農業機械作業従事者は特定作業従事者に含まれます。

給付基礎日額

特別加入の保険料と、休業給付・遺族年金などの給付額を計算する基礎となる1日あたりの額です。特別加入者は3,500円から25,000円までの範囲から申請し、労働局長が決定します。高い日額を選ぶほど保険料も給付も大きくなります。

特別加入団体

特定農作業従事者や指定農業機械作業従事者など、一人親方等・特定作業従事者が特別加入の手続きを行うために通す団体です。団体を事業主、加入者を労働者とみなして労災保険を適用する仕組みで、厚生労働省が団体の一覧表を公開しています。地域によってはJAなどの農業団体が窓口です。

労働保険事務組合

中小事業主に代わって労働保険の事務処理を行うことを国が認可した団体です。商工会・商工会議所・事業協同組合などが認可を受けています。中小事業主等として特別加入するには、この事務組合への事務委託が前提条件になります。