厚生年金に加入する会社員と違い、個人で農業を営む人の公的年金は老齢基礎年金の1階部分だけで終わりがちです。その分、上乗せの制度を自分で選んで積み立てる必要がありますが、選択肢は付加年金・農業者年金・国民年金基金・iDeCo・小規模企業共済と複数あり、併用できる組み合わせにもルールがあります。この記事では、農家の老後資金づくりの全体地図として、各制度の掛金・税制・窓口を一覧で整理し、経営状況や年齢に応じた選び方と始める手順を解説します。
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 国民年金だけに加入している農家・農業法人化していない個人経営の農業者と、その配偶者・後継者 |
| 何を | 老齢基礎年金に上乗せする5つの制度(付加年金・農業者年金・国民年金基金・iDeCo・小規模企業共済)から、自分の経営と年齢に合う組み合わせを選ぶ |
| 金額の目安 | 老齢基礎年金の満額は月額70,608円(令和8年度・昭和31年4月2日以後生まれ)。上乗せの掛金は月額400円から7万円まで制度ごとに選べる |
| 窓口 | 市区町村の年金窓口(付加年金)、JA・農業委員会(農業者年金)、国民年金基金、金融機関(iDeCo・小規模企業共済) |
| 次の一歩 | ねんきん定期便で自分の納付状況と受給見込額を把握し、候補の制度の窓口に相談する |
農家の年金の現状
会社員や公務員の公的年金は、老齢基礎年金(1階)に厚生年金(2階)が上乗せされる2階建てです。一方、個人で農業を営む人は国民年金第1号被保険者として国民年金だけに加入するため、何もしなければ公的年金は老齢基礎年金のみになります。
老齢基礎年金は、20歳から60歳になるまでの40年間の保険料をすべて納めて満額です。令和8年度の満額は月額70,608円(昭和31年4月2日以後生まれの場合。昭和31年4月1日以前生まれは月額70,408円)で、前年度から1.9%の引き上げです。保険料の免除や未納の期間があれば、受給額はここからさらに減ります。
夫婦2人とも基礎年金だけの場合でも、受け取れるのは満額どうしで月額14万円程度にとどまります。生活費との差額は、現役のうちに上乗せの年金・共済で積み立てるか、農地や経営資産からの収入で補う設計が必要です。
上乗せの選択肢一覧
国民年金第1号被保険者の農業者が使える上乗せ制度は、次の5つです。
| 制度 | 対象 | 掛金・保険料の月額 | 税制 | 窓口 |
|---|---|---|---|---|
| 付加年金 | 国民年金第1号被保険者・任意加入被保険者 | 400円(定額) | 全額が社会保険料控除の対象 | 市区町村の年金窓口 |
| 農業者年金 | 年間60日以上農業に従事する20歳以上60歳未満の第1号被保険者(60歳以上65歳未満の任意加入被保険者も可) | 2万円〜6万7,000円(千円単位。35歳未満で国庫補助の対象外の人は1万円から) | 全額が社会保険料控除の対象(年間最高80万4,000円) | JA・農業委員会 |
| 国民年金基金 | 国民年金第1号被保険者など | 上限6万8,000円(iDeCoと合算) | 全額が社会保険料控除の対象 | 国民年金基金 |
| iDeCo | 国民年金の被保険者(自営業者は第1号被保険者の枠) | 第1号被保険者は上限6万8,000円(国民年金基金・付加保険料と合算) | 掛金全額が所得控除・運用益非課税・受け取り時も控除 | 金融機関などの運営管理機関 |
| 小規模企業共済 | 常時使用する従業員が20人以下の個人事業主・会社等の役員(農業を含む) | 1,000円〜7万円(500円単位) | 全額が小規模企業共済等掛金控除の対象 | 中小機構(金融機関などを通じて申込) |
付加年金
国民年金保険料に月額400円の付加保険料を上乗せして納めると、老齢基礎年金に「200円×付加保険料の納付月数」の年額が加算されます。受給開始から2年以上受け取れば納付額を上回る計算で、負担に対する効率が高い制度です。申し込みは市区役所・町村役場の窓口で、申し込んだ月分から納付が始まります。納めた付加保険料は国民年金保険料と同じく全額が社会保険料控除の対象です。ただし、国民年金基金に加入している間は付加保険料を納められません。
農業者年金
農業者年金は、年間60日以上農業に従事する国民年金第1号被保険者なら広く加入できる、農業者のための公的な上乗せ年金です。経営主だけでなく配偶者や後継者、農地を持たない施設・畜産経営者も対象に含みます。保険料は月額2万円から6万7,000円まで千円単位で自由に選べ、経営状況に応じていつでも見直せます。35歳未満で保険料の国庫補助の対象とならない人は、1万円から選べます。
大きな特徴が保険料の国庫補助です。月額2万円の保険料のうち4,000円から1万円を国が補助します。補助を受けるには、60歳までに保険料納付期間等が20年以上見込まれること(おおむね39歳までの加入)、農業所得が900万円以下であること、認定農業者で青色申告者であることなどの要件を満たす必要があります。青色申告をまだ始めていない場合は、農業の青色申告の始め方と合わせて準備すると国庫補助への道が開けます。納めた保険料は年間最高80万4,000円まで全額が社会保険料控除の対象です。
国民年金基金
国民年金基金は、第1号被保険者が老齢基礎年金に上乗せの年金を準備する公的な制度です。掛金は月額6万8,000円が上限で、iDeCoにも加入する場合は両方の掛金の合計で6万8,000円までになります。掛金は全額が社会保険料控除の対象で、控除に使う社会保険料控除証明書は毎年11月に届きます。加入すると1口目の給付に付加年金相当の額を含むため、付加保険料を別に納めることはできません。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
iDeCoは、自分で選んだ掛金を自分で選んだ商品で運用し、その成果を60歳以降に受け取る個人型確定拠出年金です。税制優遇は3段階で、掛金は全額が所得控除(小規模企業共済等掛金控除)になり、通常なら20.315%課税される運用益が非課税で再投資され、受け取り時も年金形式なら公的年金等控除、一時金なら退職所得控除が使えます。第1号被保険者の掛金は、国民年金基金または付加保険料と合算して月額6万8,000円が上限です。
老後資金に使途を固定した制度のため、原則として60歳まで資産を引き出せません。60歳から受け取るには通算加入者等期間が10年以上必要で、受給開始は60歳から75歳の間で選べます。手元資金に余裕を残したい経営では、掛金を無理のない水準に抑える判断が大切です。
小規模企業共済
小規模企業共済は、中小機構が運営する経営者のための退職金制度です。農業の場合、常時使用する従業員が20人以下の個人事業主や会社等の役員が加入でき、農地の面積は問いません。借りた農地で農業所得を得ている人も加入できますが、会社勤めをしながら農業も営むいわゆるサラリーマン兼業農家は加入できません。掛金は月額1,000円から7万円まで500円単位で設定でき、全額が小規模企業共済等掛金控除の対象です。年金制度とは別の枠組みのため、上の4つの制度と並行して掛けられます。
組み合わせの考え方
最初に押さえるべきは併用のルールです。農業者年金はiDeCo・国民年金基金と重複加入できず、すでに加入していた場合は農業者年金への加入後に脱退することになります。また、農業者年金に加入する人には付加年金の加入義務があり、付加保険料をセットで納めます。付加年金と国民年金基金も二者択一です。つまり大きくは「農業者年金+付加年金」の路線か、「iDeCo・国民年金基金・付加年金を合算枠の中で組む」路線かの選択になり、小規模企業共済はどちらの路線にも上乗せできます。
年齢別では、30代までの就農者は農業者年金の国庫補助の要件(おおむね39歳までの加入)を満たしやすく、認定農業者と青色申告を整えて補助付きで積み立てる選択肢が有力です。40代以降に始める場合は国庫補助の要件を満たしにくくなる一方、農業者年金の通常加入やiDeCo・国民年金基金は引き続き使えます。iDeCoは60歳から受け取るのに10年以上の通算加入者等期間が必要なため、50代で始めるなら受給開始が後ろにずれる前提で計画します。
経営状況の面では、所得が大きく変動する農業経営との相性を考えます。農業者年金は保険料をいつでも見直せ、小規模企業共済も掛金を範囲内で設定できるため、豊作・高単価の年に厚く、厳しい年に薄くという調整が利きます。掛金の余裕がない時期でも、月額400円の付加年金だけは続けるという守り方もあります。いずれの制度も掛金・保険料の全額が所得控除の対象になるため、課税所得が大きい経営ほど節税効果も大きくなります。
経営継承と農地という資産の視点
農家の老後設計は、年金・共済だけで完結しません。経営をいつ誰に引き継ぐかが決まると、何歳まで農業所得があるか、その後の生活費を何で埋めるかが具体的になります。後継者に経営を移譲する時期を仮置きし、そこから逆算して掛金の水準を決めるのが現実的です。
リタイア後の農地は、手放さずに収入源へ変える方法があります。農地バンク(農地中間管理機構)を通じて農地を担い手に貸せば、賃料収入を年金に上乗せできます。仕組みと手続きは農地バンクの解説記事で詳しく扱っています。また、農地は相続の場面で手続きや納税の論点が多い資産です。元気なうちに権利関係を整理しておくと残された家族の負担が減ります。詳しくは農地の相続手続きの記事をご覧ください。
よくある質問
農家の年金は会社員と比べてなぜ少なくなりやすいのですか
会社員は老齢基礎年金に厚生年金が上乗せされる2階建てですが、国民年金第1号被保険者の農業者は何もしなければ老齢基礎年金だけになるためです。老齢基礎年金の満額は令和8年度で月額70,608円(昭和31年4月2日以後生まれ)で、2階部分は自分で用意する必要があります。
付加年金と国民年金基金は両方に加入できますか
できません。国民年金基金の1口目には付加年金相当の給付が含まれるため、基金加入中は付加保険料を納められません。どちらか一方を選びます。
農業者年金とiDeCoは併用できますか
できません。農業者年金はiDeCo・国民年金基金と重複加入できない制度です。農業者年金に加入すると付加年金がセットになるため、「農業者年金+付加年金」か「iDeCo・国民年金基金側の組み合わせ」かを選ぶ形になります。小規模企業共済はどちらとも併用できます。
掛金を続ける余裕がないときはどうすればよいですか
農業者年金の保険料は月額2万円(35歳未満で国庫補助の対象外の人は1万円)まで下げられ、いつでも見直せます。小規模企業共済の掛金も月額1,000円まで下げられます。最低限の備えとしては、月額400円の付加年金を続けるだけでも将来の受給額が積み上がります。
農地を貸した賃料だけで老後の生活費をまかなえますか
賃料の水準は地域や農地の条件によって大きく異なるため、賃料収入は年金の上乗せと位置づけるのが現実的です。基礎年金と上乗せ制度で土台をつくり、農地の賃料や経営移譲後の収入を加えて全体を設計します。
次の一歩
老後資金づくりは、現状把握から窓口相談まで次の順序で進めましょう。
- ねんきん定期便やねんきんネットで、国民年金の納付状況と受給見込額を把握します。
- 未納や免除の期間があれば、市区町村の年金窓口で納付方法を相談します。
- 本記事の比較表で候補を絞り、併用ルール(農業者年金とiDeCo・国民年金基金は二者択一、付加年金と国民年金基金も二者択一)に当てはめます。
- 付加年金は市区町村の年金窓口、農業者年金は地域のJAまたは農業委員会、国民年金基金・iDeCo・小規模企業共済は各制度の窓口や金融機関に申し込みます。
- 農業者年金の国庫補助を狙う場合は、認定農業者の認定と青色申告の体制を先に整えます。
キーワード解説
国民年金第1号被保険者
自営業者・農業者・学生など、厚生年金に加入する第2号被保険者とその被扶養配偶者(第3号被保険者)のいずれにも当たらない20歳以上60歳未満の人を指します。国民年金保険料を自分で納め、公的年金は老齢基礎年金が中心になります。
社会保険料控除
納めた国民年金保険料や農業者年金の保険料、国民年金基金の掛金などの全額を所得から差し引ける所得控除です。控除した分だけ所得税・住民税が軽くなります。年末調整や確定申告で控除証明書を添えて申告します。
認定農業者
農業経営改善計画を作成し、市町村などの認定を受けた農業者です。農業者年金の保険料の国庫補助をはじめ、各種の支援策で要件の一つになります。
農地バンク(農地中間管理機構)
都道府県ごとに設置され、貸したい人から農地を借り受けて担い手にまとめて貸し付ける仕組みです。リタイアする農家にとっては、農地を手放さずに賃料収入を得る選択肢になります。