資材費も燃料費も人件費も上がっているのに、野菜の販売価格にコスト上昇分を乗せられない。日本農業法人協会の調査では、会員法人の7割以上がコスト上昇分を価格に転嫁できていないと答えています。この状況を変えるために、食料システム法が合理的な費用を考慮した価格形成のルールを定めました。令和8年4月1日からは、コスト上昇を示した協議の申出に買い手が誠実に応じることが努力義務になります。国は適正な価格形成に関する協議会と品目別ワーキンググループで野菜の費用を見える化するコスト指標づくりを進めており、生産者は数字を根拠に値上げ交渉ができるようになります。この記事では、協議会とコスト指標、努力義務、計画認定の支援が野菜の取引・価格転嫁に実際どう効くか、生産者・流通・小売・外食は何を準備すればよいかに絞って解説します。法律全体の仕組みは食料システム法の解説記事でご覧ください。

概要

項目内容
誰が野菜の生産者・出荷団体と、仲卸・卸売・スーパー・外食・給食など買い手の双方
何を協議会とワーキンググループによるコスト指標づくり、費用を考慮した価格形成の努力義務、計画認定による融資・税制優遇
対象品目野菜・米穀・豆腐・納豆・飲用牛乳(成分調整牛乳を除く)がコスト指標の指定品目
いつから計画認定・フードGメンは令和7年10月1日開始、取引適正化の措置は令和8年4月1日施行
詳しくは農林水産省の協議会ページと努力義務・判断基準ガイドブックをご覧ください
食料システム法による合理的な価格形成の促進について、食品等の取引の適正化措置の全体像を示した図。中央に取引適正化の基本方針と「食料システム法による取引の適正化」を置き、売り手と買い手の双方に課される努力義務(コスト上昇を示した協議の申出への誠実な協議、商慣習の見直し等の提案への検討・協力)と、その判断基準を整理している。左下には指定飲食料品について大臣が認定したコスト指標作成団体がコスト指標を作成・公表する流れ、右側には実効性の確保として農林水産大臣による情報受付窓口・食品等取引実態調査(フードGメン)と、対応が著しく不十分な場合の指導・助言・勧告・公表、公正取引委員会への通知までの流れを示す。
農林水産省「食料システム法に関する取引関係者向け資料」(食品等の取引の適正化措置の全体像)

価格転嫁が進まない3つの壁

農産物の値上げが進みにくいのには、はっきりした理由があります。3つの壁を押さえておくと、コスト指標や努力義務が何を変えようとしているのかがわかります。

  • 消費者の価格抵抗。野菜は毎日の食卓に欠かせないため、値上げは家計に直撃し、消費者は安い代替品に流れやすくなります。
  • 小売の価格決定力。大手スーパーなど大口の買い手が価格を握り、低価格を求める圧力が生産者に及びます。
  • 輸入品との競争。国内のコスト上昇を価格に乗せると、安い輸入品にシェアを奪われるおそれがあります。

これまでの野菜の取引では、コストが上がっても「相場がこうだから」で押し切られ、上昇分を乗せにくい場面が多くありました。食料システム法は、この力関係のなかでも生産者が数字を根拠に協議のテーブルに着けるようにする仕組みです。値上げを強制する法律ではなく、コストを見える化し、協議の入口を制度として保証する点に特徴があります。

適正な価格形成に関する協議会とは

適正な価格形成に関する協議会は、食料システムの各段階でコストがどう積み上がるかを把握し、関係者で共有して、生産から消費まで合理的な費用が価格に反映される仕組みを検討する場です。農林水産省が令和5年8月29日に第1回を開き、議論を重ねてきました。第8回は令和7年6月25日に開かれています。

構成員は、生産者、製造業者、流通業者、小売業者、外食・中食業者、消費者などです。野菜の取引に関わる立場が一堂に会するため、生産者だけ、買い手だけの目線に偏らずに費用と価格の論点を整理できます。協議会では、統計調査などでコストの実態を明らかにし、関係者の合意のもとでコスト指標を作り、それを土台に各段階で価格転嫁が進む状態をつくることをめざしています。

品目別ワーキンググループで実務を詰める

協議会の下に、実務に詳しい取引担当者が集まる品目別のワーキンググループが置かれています。野菜・米・飲用牛乳・豆腐納豆の4つで、品目ごとの費用構造や取引慣行の違いを踏まえて検討を進めます。野菜ワーキンググループは令和7年6月18日に第4回を開き、コスト調査の結果(野菜)をもとに、指標をどう作り、価格交渉にどう使うかを議論しています。

野菜は品目数が多く、天候で収量も相場も大きく動くため、米や飲用牛乳に比べてコストの標準化が難しい品目です。そのぶん、生産費に流通経費や物流費がどう積み上がるかを見える化する意義は大きく、ワーキンググループはこの難しさを織り込んで指標のかたちを詰めています。

コスト指標は価格転嫁にどう効くか

コスト指標とは、農林水産大臣が指定した品目について、大臣が認定したコスト指標作成団体が関係者とともに作り、公表する指標です。指定品目は野菜・米穀・豆腐・納豆・飲用牛乳(成分調整牛乳を除く)で、野菜もこの対象に含まれます。種苗・肥料・農薬・燃料・人件費といった生産の費用や、選別・包装・輸送などの流通経費がどれだけかかっているかを共通のものさしで示し、価格交渉の客観的な根拠にします。

公表されたコスト指標があれば、生産者は「いまの費用水準ではこの単価では続けられない」と数字で示せます。買い手の側も、値上げの申出が合理的かどうかをコスト指標と照らして判断できます。これまで価格交渉で不利になりがちだった小規模な生産者や出荷団体ほど、相場の感覚ではなく具体的な数字で交渉できる効果は大きくなります。交渉のテーブルに共通のものさしが載ることで、価格転嫁が進みやすくなります。

農林水産省は、各段階のコスト情報を共有する適正な価格形成のための情報プラットフォームの整備も進めています。コスト指標とあわせて、価格の根拠を当事者間で示し合う環境が整いつつあります。

費用を考慮した価格形成の努力義務

食料システム法は、合理的な費用を考慮した価格形成を、農林漁業者と食品産業の事業者の双方の努力義務としています。野菜の取引でいえば、売り手の生産者・出荷団体と、買い手の仲卸・スーパー・外食の双方にかかるルールです。求められるのは次の2つです。

  • 持続的な供給に要するコストなどの考慮を求める事由を示して協議の申出があったとき、誠実に協議すること。
  • 商慣習の見直しなど、持続的な供給に資する取組の提案があったとき、検討・協力すること。

努力義務に違反しても直接の罰則はありません。ただし農林水産大臣が定める判断基準に照らし、対応が不十分なときは指導・助言、または勧告・公表の対象になります。判断基準を定める省令は令和8年1月30日に公布されました。不公正な取引方法に当たる場合は、公正取引委員会への通知の対象にもなります。罰則はなくても、社名の公表や公正取引委員会への通知につながり得るため、買い手にとって無視できないルールです。

取組が不十分とされる取引の例

次のような取引は、野菜の現場でも起こりがちで、対応が不十分として指導・助言などの対象になり得ます。買い手側は自社の慣行に当てはまるものがないか確かめましょう。

  • コスト上昇を説明した協議の申出があったのに、繁忙期を理由に取り合わない。
  • 補助金などの支援措置を理由に、一方的に納品価格の値引きを決める。
  • 商慣習の改善提案があったのに、検討せず取り合わない。
  • 協議の申出をしたことだけを理由に、取引数量を減らすなど不利益な扱いをする。

計画認定で受けられる融資・税制優遇

食料システム法には、努力義務とは別に、生産者と安定した取引を結ぶ食品事業者を後押しする計画認定制度があります。令和7年10月1日から動いており、買い手が前向きに価格転嫁へ進む動機づけになります。認定の対象になるのは、生産者との安定的な取引関係づくり、流通の合理化、コストの見える化、環境負荷の低減などに取り組む事業活動です。

農林水産大臣の認定を受けた事業者は、日本政策金融公庫の貸付や、設備投資の特別償却などの税制優遇を受けられます。仲卸・卸売・スーパー・外食といった買い手にとっては、生産者と長期の契約取引を結びながら、その投資に融資や税制の支援を活用できる仕組みです。コスト上昇を価格に反映しつつ、安定調達の体制づくりに公的な支援を組み合わせられます。

生産者・流通・小売・外食が準備すること

価格転嫁の協議は、根拠の数字を持っている側が進めやすくなります。立場ごとに準備を整理します。

野菜の生産者・出荷団体が準備すること

まず、自分の生産費を記録しましょう。種苗・肥料・農薬・燃料・人件費に加え、選別・包装・輸送にかかる費用を品目ごとに積み上げておくと、コスト指標が公表されたときに自分の水準と突き合わせて協議できます。買い手にコスト上昇を説明して協議を申し出ることは、努力義務に支えられた正当な行動です。協議の申出を理由に取引数量を減らされるなど不利益な扱いを受けたときは、後述の情報受付窓口を利用できます。市場出荷だけでなく、価格を当事者で決めやすい飲食店・スーパーとの直接取引を併用すると、費用を踏まえた価格を提示しやすくなります。

流通・小売・外食・給食が準備すること

仲卸・卸売・スーパー・外食・給食といった買い手は、コスト上昇を示した協議の申出に誠実に応じる体制を整えましょう。担当者が繁忙を理由に協議を後回しにする、本部の方針で一律に値引きを通すといった運用は、努力義務に照らして見直しが必要です。コスト指標を社内の仕入れ判断に取り込み、値上げの申出が合理的かを指標で確かめる手順をつくると、取引先との関係を安定させながら適正な調達につなげられます。生産者との安定取引づくりを計画認定にのせれば、融資や税制優遇も受けられます。物流費の上昇分をどう分担するかは、物流革新の解説記事で扱う標準化や効率化の動きとあわせて考えると整理しやすくなります。

これからの施行スケジュール

食料システム法は令和7年6月18日に公布されました。価格形成に関わる仕組みは、段階を踏んで動き出しています。

時期動き
令和7年10月1日計画認定制度の運用を開始。あわせてフードGメンの配置、情報受付窓口の設置、食品等取引実態調査を開始
令和8年1月30日努力義務に対応する判断基準を定める省令を公布
令和8年2月制度を周知する地方説明会を各地で開催
令和8年4月1日食品等の取引の適正化に関する措置(努力義務・判断基準に基づく指導・助言・勧告・公表)を施行

令和7年10月1日には、フードGメンが本省2名・地方農政局等16名の計18名で発足しました。フードGメンは、情報受付窓口や食品等取引実態調査で得た情報をもとに、判断基準に照らして努力義務への対応が不十分な場合に、指導・助言、勧告・公表、公正取引委員会への通知を行います。取引適正化の措置が本格的に効くのは令和8年4月1日からなので、それまでに協議に応じる体制とコストの根拠を整えておきましょう。

よくある質問

コスト指標は野菜にも作られますか

はい。野菜は米穀・豆腐・納豆・飲用牛乳とともにコスト指標の指定品目です。協議会の野菜ワーキンググループで、品目数の多さや相場変動を踏まえた指標づくりが進められています。公表後は、生産費や流通経費の根拠として価格交渉に活用できます。

価格転嫁の協議はどう申し出ればよいですか

種苗・肥料・燃料・人件費・物流費など、どの費用がどれだけ上がったかを示して、買い手に協議を申し出ます。コスト指標が公表されていれば、自分の費用水準と突き合わせて根拠にできます。コスト上昇を示した申出には、買い手が誠実に協議することが努力義務として求められます。

努力義務に従わない取引相手にはどうなりますか

直接の罰則はありませんが、農林水産大臣が定める判断基準に照らして対応が不十分なときは、フードGメンによる指導・助言、または勧告・公表の対象になります。不公正な取引方法に該当する場合は、公正取引委員会への通知の対象にもなります。

協議の申出をしたら取引を切られませんか

協議の申出をしたことだけを理由に、取引数量を減らすなど不利益な扱いをすることは、取組が不十分な取引の例として指導・助言などの対象になり得ます。不利益な扱いを受けたときは、農林水産省の情報受付窓口に相談できます。

取引適正化のルールはいつから効きますか

計画認定制度・フードGメン・情報受付窓口・実態調査は令和7年10月1日から動いています。努力義務や判断基準に基づく指導・助言などの取引適正化の措置は、令和8年4月1日に施行されます。

次の一歩

野菜の生産者・出荷団体は、品目ごとの生産費と流通経費を1枚に整理し、コスト上昇分を数字で示せるようにしましょう。買い手の流通・小売・外食・給食は、コスト上昇を示した協議の申出に誠実に応じる社内手順を、令和8年4月の施行前に整えましょう。生産者との安定取引づくりを計画認定にのせれば、融資や税制優遇も使えます。協議会の議論やコスト指標の公表状況は、農林水産省の適正な価格形成に関する協議会のページで確認できます。取引上の困りごとは努力義務・判断基準ガイドブックを参考にし、不利益な扱いを受けたときは情報受付窓口に相談しましょう。

キーワード解説

適正な価格形成に関する協議会

農林水産省が令和5年8月に設けた、食料システムの各段階のコストを把握・共有し、合理的な費用が価格に反映される仕組みを検討する場です。生産者・製造・流通・小売・外食・中食・消費者などが構成員で、野菜・米・飲用牛乳・豆腐納豆の品目別ワーキンググループでコスト指標づくりの実務を詰めています。

コスト指標

農林水産大臣が指定した品目について、大臣が認定したコスト指標作成団体が関係者とともに作り、公表する指標です。生産費や流通経費を共通のものさしで示し、価格交渉の客観的な根拠として活用します。指定品目は野菜・米穀・豆腐・納豆・飲用牛乳(成分調整牛乳を除く)です。

努力義務

事業者に一定の行為を努めるよう求める規定です。食料システム法では、コスト上昇を示した協議の申出への誠実な協議と、商慣習の見直し提案への検討・協力が、農林漁業者と食品産業の事業者の双方に課されます。違反への直接の罰則はなく、判断基準に基づく指導・助言などが中心です。

食料システム法

正式名称は「食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律」で、令和7年6月18日に公布されました。合理的な費用を考慮した価格形成と、生産者との安定取引などに取り組む事業者を認定して融資・税制で支える計画認定制度の2本柱で構成され、本記事はそのうち価格形成の実務に焦点を当てています。