栗は、果樹のなかでいちばん手のかからない品目です。摘果も袋かけもなく、収穫は落ちたイガを拾い集める作業が中心で、10アール当たりの労働時間は他の果樹の4分の1以下に収まります。その代わり、1反から上がる所得も小さく、面積を持たなければ経営として成り立ちません。この記事では、栗で10アール当たりどれだけ所得が残るのか、どれだけの面積が要るのか、全国平均の単収が指標の3分の1に留まる理由を、熊本県・茨城県・愛媛県と農林水産省の資料をもとに整理します。金額はいずれも目安で、産地・品種・販売先によって変わります。
概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる方 | 栗で就農する方、水稲や野菜に組み合わせる省力的な品目を探している農家 |
| 所得の目安 | 10アール当たり10.9万円(対総収入の所得率52%)。3ヘクタールで327万円 |
| 収量・単価の目安 | 10アール当たり生産量300キロ・販売量270キロ、単価780円、手取り単価619円 |
| 労働時間 | 10アール当たり53時間。1日当たり農業所得16,447円 |
| 作業の時期 | 収穫は9月から10月が中心。整枝・せん定は冬から早春 |
| 主産地 | 茨城26億円(3,090ヘクタール)、熊本19億円(2,330ヘクタール)、愛媛12億円(1,840ヘクタール) |
| 使える支援 | 改植17万円・新植15万円、果樹未収益期間支援22万円、放任園地の発生防止8万円(いずれも10アール当たり) |
| 詳しくは | 都道府県の農業改良普及センター、JA、産地の果樹協議会 |
栗の所得は10アール当たり11万円
熊本県は品目ごとに10アール当たりの収支を示した経営指標を作っています。栗は露地・3ヘクタール規模のモデルで、次の数字です。
| 項目 | 10アール当たり | 内訳・算出の前提 |
|---|---|---|
| 生産量 | 300キロ | 販売量270キロ(商品化率90%) |
| 販売金額 | 21.1万円 | 780円/キロ×270キロ |
| 農業経営費 | 10.2万円 | 販売費・一般管理費4.3万円を含む |
| 農業所得 | 10.9万円 | 対総収入の所得率52% |
| 労働時間 | 53時間 | すべて家族労働 |
販売した後に手元へ残る単価は619円です。780円との差は出荷にかかる費用で、選果出荷経費が1キロ45円、運賃が34円、手数料が市場7%・JA2%・県連1%という内訳になります。共販に出す限りこの1割強は必ず引かれるため、直販や加工に回す判断はここを起点に考えることになります。
費用の中身も他の果樹とは形が違います。物財費5.7万円のうち大きいのは肥料1.3万円、農薬1.3万円、減価償却1.8万円で、施設や高額な機械がほとんど要りません。装備は農舎、動力噴霧機、軽トラックの3つで足ります。
時間当たりの戻りは2,000円台です
所得10.9万円を労働53時間で割ると、時間当たり約2,060円になります。熊本県の指標は1日当たり農業所得16,447円としており、8時間働いた日の稼ぎに換算した値です。
10アール当たりの所得だけを見れば、みかんやぶどうに遠く及びません。しかし投じる時間が短いため、時間当たりで見ると柑橘の主力品目と大きくは変わらない水準に届きます。栗は「面積当たりで稼ぐ品目」ではなく「時間当たりで稼ぐ品目」です。
手間は果樹のなかでいちばん軽い
栗の軽さは、他の果樹と並べると際立ちます。次は茨城県が成園の目標として示す10アール当たり労働時間です。
| 品目・品種 | 10アール当たり労働時間 | 成園10アール当たり生産量 |
|---|---|---|
| くり(筑波・低樹高仕立て) | 39時間 | 300キロ |
| うめ(白加賀) | 149時間 | 1,000キロ |
| かき(富有) | 264時間 | 2,000キロ |
| なし(幸水・露地) | 242時間 | 3,000キロ |
| ぶどう(巨峰・雨よけ) | 295時間 | 1,300キロ |
栗はなしやぶどうの6分の1から8分の1です。愛媛県の指標では低樹高栽培で105時間、熊本県の指標では53時間となっており、産地や仕立て方で幅がありますが、他の果樹と桁が違う点は共通しています。
熊本県の指標で53時間の内訳を見ると、収穫・選別・出荷が24時間、整枝・剪定が16時間、除草が5時間、防除と施肥が各3時間です。作業の山は9月から10月の収穫と、冬から早春の剪定の2つだけで、摘果も袋かけもありません。収穫ネットを使うと収穫作業を2割省けるという前提も置かれています。
面積で組み立てる品目です
10アール当たり10.9万円ということは、1ヘクタールで109万円、3ヘクタールで327万円です。栗だけで生計を立てるには相当な面積が要ります。
熊本県の指標が置いている前提も、栗の単独経営ではありません。樹園地3ヘクタールと田1.8ヘクタールを持ち、栗3ヘクタール・水稲1.5ヘクタール・施設園芸0.3ヘクタールを家族3人で回す複合経営です。栗の作業が秋と冬に寄っているため、他の品目と労働の山がぶつかりにくいという事情があります。
初期の投資は果樹としては軽いほうです。同じ指標では、3ヘクタールの成園をつくる費用を825万円(10アール当たり27.5万円)、育成年次を6年としています。農舎・動力噴霧機・軽トラックを加えた装備の合計は1,366万円です。棚もハウスも要らない分、ぶどうやなしより初期の負担は小さくなります。
収穫までの6年をしのぐ資金は、就農の形で変わります。独立して就農するなら経営開始資金が月13.75万円・最長3年、機械や園地整備には経営発展支援事業が事業費の半額・上限1,000万円です。要件は新規就農者育成総合対策【令和8年度】経営開始資金は月13.75万円・年165万円に増額で確認できます。
全国の単収は10アール当たり90キロです
ここまでの数字は、手入れされた園地の話です。全国の実態はかなり違います。直近の栽培面積は15.5千ヘクタール、収穫量は14千トンで、割り算をすると10アール当たり約90キロにしかなりません。指標が置く300キロの3分の1以下です。
差の理由は、収穫されていない園地の多さです。栗は放っておいても実がなり、山際の傾斜地にも植えられてきたため、高齢化で手が入らなくなった園地がそのまま面積に計上されています。裏を返せば、園地を選んで手を入れれば、産地平均との差がそのまま伸びしろになります。
数量が減る一方で、金額は増えています。
| 項目 | 10年前 | 直近 |
|---|---|---|
| 収穫量 | 16千トン | 14千トン |
| 産出額 | 81億円 | 114億円 |
| 栽培面積 | 20.3千ヘクタール | 15.5千ヘクタール |
面積が24%減り、収穫量も減るなかで、産出額は41%増えました。産出額を収穫量で割ると1キロ当たり約814円で、熊本県の指標が置く780円という単価は、この水準に沿った値です。国産の栗は数が減り、単価が上がっている品目だということです。
産地と、面積当たりの成績の差
産出額で見ると、茨城県26億円(3,090ヘクタール)、熊本県19億円(2,330ヘクタール)、愛媛県12億円(1,840ヘクタール)、長野県7億円(227ヘクタール)、兵庫県5億円(479ヘクタール)の順です。
目を引くのは長野県です。面積は茨城県の10分の1以下なのに、産出額は3割近くに達します。面積当たりの成績が産地によって大きく違うことを示す数字で、単価の取り方と単収の差がそのまま表れています。どの産地に入るかを決めるとき、面積の大きさより、その産地が1ヘクタール当たりどれだけの産出額を上げているかを見るほうが実態に近づけます。
使える支援と、需要のつくられ方
栗は果樹農業生産力増強総合対策の「主要果樹」に含まれます。金額はいずれも10アール当たりで、産地計画または地域計画で今後振興すべきと定められた品目・品種・樹形が対象です。
- 改植・新植支援:改植で17万円、新植で15万円
- 果樹未収益期間支援:22万円(5.5万円の4年分)を初年度に一括。対象は改植・新植を実施した年を除く4年間
- 放任園地の発生防止のための伐採や植林等:8万円
- 小規模園地整備、用水・かん水設備の整備:いずれも事業費の半額以内
この事業の直近5年の実績では、改植・新植の実施面積で栗は全国5位の約350ヘクタールを占めます。園地の若返りが実際に進んでいる品目です。申請の窓口と手続きは果樹の改植・新植に使える補助金|品目別の支援単価と未収益期間の支援で確認できます。
需要の側では、剥きやすさを軸にした品種と技術の開発が進んでいます。国は鬼皮と渋皮が実からきれいに剥離する品種の育成を進めており、皮を剥く手間が消費の壁になってきた品目だけに、加工需要の広がりにつながります。愛媛県も、加工需要に対応した生産の強化と、特選栗の生産拡大による有利販売を方針に掲げています。
収穫期の獣害は栗の宿命です。愛媛県は鳥獣被害の防止を安定多収の条件に挙げています。柵の選び方は侵入防止柵の種類と選び方|ワイヤーメッシュ柵・電気柵・ネット柵を比較で比べられます。
栗を始めるまでの流れ
- 産地を決めます。茨城・熊本・愛媛に面積が集まり、長野のように面積当たりの産出額が高い産地もあります。加工業者や選果の受け皿があるかで出口が変わります。
- 売り方を決めます。共販に出すと選果出荷45円、運賃34円、手数料10%が引かれます。直販や加工でこの部分を取り戻せるかを試算します。
- 都道府県の農業改良普及センターとJAに相談し、産地計画でどの品種が振興対象になっているかを確かめます。早生・中生・晩生を組み合わせると収穫期の山を分散できます。
- 園地を探します。放任されていた園地は樹が高くなっているため、低樹高に切り下げる手間と年数を見込みます。
- 面積を積みます。10アール当たりの所得が10万円台のため、栗だけで生計を立てるなら数ヘクタール、そうでなければ水稲や野菜と組み合わせます。
- 青年等就農計画をつくり、市町村の認定を受けます。経営開始資金と経営発展支援事業の前提になります。
- 改植・新植の支援と果樹未収益期間支援を、産地計画に基づく取組として都道府県の果樹関係法人へ申請します。
- 獣害対策を先に手当てします。収穫期にイノシシやシカが入ると、その年の収入がまとめて消えます。
よくある質問
栗農家の収入はどれくらいですか
熊本県の経営指標では、10アール当たりの販売金額21.1万円、農業経営費10.2万円、農業所得10.9万円です。単収300キロ・単価780円を前提にした値で、対総収入の所得率は52%になります。3ヘクタールに広げると所得は327万円です。栗単独で生計を立てるには面積が要るため、指標も水稲や施設園芸と組み合わせた複合経営を前提にしています。
栗は本当に手がかからないのですか
果樹のなかでは最も軽い部類です。10アール当たりの労働時間は熊本県の指標で53時間、茨城県の低樹高仕立ての目標で39時間、愛媛県の低樹高栽培で105時間です。同じ茨城県の目標で、なし(幸水・露地)は242時間、ぶどう(巨峰・雨よけ)は295時間、かき(富有)は264時間ですから、4分の1から8分の1に収まります。摘果も袋かけもなく、作業の山は秋の収穫と冬の剪定だけです。
栗の単収はどれくらいが目標ですか
成園で10アール当たり300キロが茨城県・愛媛県・熊本県に共通する目標値です。一方、全国の栽培面積15.5千ヘクタールと収穫量14千トンから計算すると、平均は約90キロにしかなりません。差は、高齢化で収穫されなくなった園地が面積に含まれているためです。手入れされた園地とそうでない園地の差が、そのまま産地平均を押し下げています。
栗の値段は下がっていませんか
上がっています。全国の収穫量は10年で16千トンから14千トンへ減りましたが、産出額は81億円から114億円へ41%増えました。産出額を収穫量で割ると1キロ当たり約814円になります。数量が減るなかで単価が上がっている品目で、熊本県の指標が置く780円という単価もこの水準に沿っています。
栗の植え付けから収穫まで何年かかりますか
熊本県の指標は、成園になるまでの育成年次を6年として費用を計算しています。3ヘクタールの成園費は825万円、10アール当たりでは27.5万円です。この間の管理経費には、果樹未収益期間支援として10アール当たり22万円(5.5万円の4年分)を初年度に一括で受けられます。改植なら17万円、新植なら15万円の支援も別に使えます。
キーワード解説
低樹高栽培
樹の高さを抑えて仕立てる方法です。栗は放任すると10メートル近くまで伸びて、せん定も防除も収穫も脚立と手間が要る木になります。樹高を抑えると作業が地上から行えるようになり、労働時間が大きく減ります。茨城県は低樹高仕立てで10アール当たり39時間、愛媛県は低樹高栽培で105時間を目標に置いています。放任されていた園地を引き継ぐ場合は、まず切り下げる作業から始まります。
商品化率
収穫した量のうち、実際に売り物になる割合です。熊本県の栗の指標では90%と置かれ、生産量300キロに対して販売量は270キロで計算されています。虫害果や小玉、変形果が除かれるためで、売上を試算するときは収穫量ではなく販売量で計算しないと実態から外れます。
放任園地発生防止対策
手が入らなくなった園地が病害虫や獣害の発生源になるのを防ぐため、産地内の合意に基づいて伐採や植林を行う取組への支援です。主要果樹では10アール当たり8万円、うんしゅうみかん等のかんきつ類では10万円が上限になります。栗は面積が広く放任園地も多いため、産地としてこの制度を使う場面が出てきます。