菊は花きのなかで産出額が最も大きい品目です。花き全体の産出額3,695億円のうちキクが593億円を占め、仏花・葬儀・装飾という需要が年間を通して続きます。一方で、小ギクは露地栽培が中心で開花期が天候に左右されるため、お盆と彼岸という年2回の需要期に出せるかどうかで手取りが大きく変わります。この記事では、小ギクと輪ギクで10アール当たりどれだけ所得が残るのか、電照設備と電気代にどれだけかかるのか、需要期に確実に出すために何をするのかを、福島県と香川県の経営試算、農林水産省の資料をもとに整理します。金額はいずれも目安で、産地・作型・販売先によって変わります。

概要

項目内容
対象となる方 菊で新規就農する方、水田や露地の作目に小ギクを足したい方、輪ギクの施設経営を考えている方
所得の目安 小ギク50アールで年間156.9万円(慣行)から222.7万円(電照)。10アール当たり56万円から70万円
単価の目安 1本40円から50円。需要期の直前に高く安定し、外すと下落
初期費用 電照設備が10アール当たり82.6万円(電設工事費60万円を含む)。ほかにトラクター・軽トラック・動力噴霧器・選花機
電気代 10アール当たり年1.98万円(赤色LED)から5.18万円(白熱電球)
労働時間 小ギク50アールで年1,500時間から1,625時間。輪ギクの施設栽培は10アール当たり1,330時間
使える支援 経営開始資金(月13.75万円)、経営発展支援事業(上限1,000万円)、ジャパンフラワー強化プロジェクト、収入保険・園芸施設共済
相談先 都道府県の農業改良普及センター、JAの花き部会、市町村

小ギクの所得は10アール当たり56万円から70万円

小ギクで手元にどれだけ残るのかは、福島県が電照栽培の実証をもとに作った経営試算が参考になります。8月咲きの10アールで3万本収穫した場合の数字です。

平均単価粗収益経営費所得
1本40円120万円64万円56万円
1本50円150万円80万円70万円

いずれも10アール当たりです。単価が1本10円上がるだけで所得が14万円変わります。菊の経営では、収量を伸ばすより単価の高い時期に当てることのほうが効きます。

経営全体で見た試算もあります。8月出荷作型と9月出荷作型をそれぞれ25アール、合計50アールを家族2名で作る前提のモデルです。

項目慣行栽培電照栽培
平均単価1本40円1本50円
粗収益600.0万円750.0万円
年間変動費326.1万円410.3万円(うち電照設備費59.1万円)
年間所得156.9万円222.7万円
年間労働時間1,500時間1,625時間
時間当たり所得1,393円1,805円

電照栽培にすると設備費と電気代で経営費は増えますが、需要期に単価をそろえられるため所得は42%増えます。労働時間は年125時間増えるものの、時間当たりの所得は1,393円から1,805円へ上がります。50アールで所得222.7万円という水準は、これ一本で生計を立てるにはやや不足するため、水稲や他の露地品目と組み合わせる経営が産地では一般的です。

単価はお盆と彼岸の直前だけ高くなります

小ギクの販売単価は、1年を通して大きく上下します。7月から9月の夏秋期では、8月旧盆と9月彼岸の直前に高い水準で安定し、需要期を外した時期に開花してしまうと暴落することもあります。切り花全体の相場でも、春彼岸に1本101円、成人の日の直前に95円という高値がつく一方、需要期を外れた時期は平年並みに戻ります。

問題は、小ギクが露地栽培中心で、開花期が気象条件に左右されることです。慣行栽培では需要期に当たるかどうかが年によって変わり、季咲き品種の無電照栽培ではお盆の需要期出荷率が60.6%にとどまります。ここを技術で埋めるのが電照栽培です。夜間に照明を当てて花芽ができるのを抑え、開花を意図した日に寄せることで、需要期出荷率は95.9%まで上がります。

切り花類の価格推移。お盆、春彼岸、秋彼岸、母の日の需要期に合わせて1本当たりの単価が上がり、需要期を外れた時期は下がる動きを繰り返している。直近の平均単価は61円。
切り花類の単価はお盆・彼岸・母の日の需要期に上がる。出典:農林水産省「花きの現状について

電照設備は10アール当たり82.6万円

電照栽培を始めるときの初期費用は、資材よりも電気工事が大きくなります。8月作型の10アール分で必要な資材と費用は次のとおりです。

資材数量(10アール当たり)費用
電設工事費一式60.0万円
防水ソケット100個6.5万円
電照支柱(25ミリ×2.3メートル)90本5.9万円
配線ケーブル5本5.0万円
電球(75ワット)100個4.0万円
タイマー5個1.3万円
合計一式82.6万円

電設工事費は地域差が大きく、この金額は福島県北部の一例です。園地が電線から遠いほど工事費は上がるため、園地を決める前に電源の位置を確認しましょう。このほか、トラクター・軽トラック・動力噴霧器・選花機を持つ場合、経営モデルでは年間の固定費として117.0万円を計上しています。

電気代は光源の選び方で3倍近く違います

電照栽培のランニングコストは光源で決まります。9月咲きの作型で比べると、年間の電気代は10アール当たり赤色LEDが1.98万円、白熱電球が5.18万円です。電球1個の値段は赤色LEDが3,900円、白熱電球が473円で、LEDは初期費用が8倍近くかかりますが、電気代が年2.5万円ほど安くなり、寿命も長くなります。数年で差が埋まる計算です。

施設の輪ギクでは、電照に加えて冬の加温費がかかります。加温にヒートポンプや木質バイオマスを導入する場合の補助はハウスのヒートポンプ・暖房機の補助金の解説で確認できます。

輪ギクは施設と露地の組み合わせで年収530万円

小ギクより単価が高いのが輪ギクです。香川県が示す標準的なモデルでは、施設20アールと露地20アールを本人・家族2.5名と臨時雇用2名で作り、年収530万円という数字になります。施設では秋ギクを電照で12月と4月に出荷する二度切り栽培、露地では8月出荷という組み立てです。

ただし労働時間は重くなります。施設の二度切り栽培では10アール当たり1,330時間で、内訳の中心は次の作業です。

  • 芽かぎ 500時間。わき芽を1本ずつ手で取る作業で、全体の4割近くを占めます。
  • 収穫・出荷調整 315時間。切り前をそろえ、長さと本数で結束します。
  • 土壌消毒とビニール張り 各60時間。作型を回すための段取りです。

9月と12月は家族だけでは足りず臨時雇用が必要になり、冬は最高18℃を確保する加温が要るため、燃料価格の影響も受けます。輪ギクの施設経営は、単価の高さと引き換えに労力とエネルギー費を負う選択だと理解しておきましょう。

労働時間は機械化で3割減らせます

菊は収穫と出荷調整に労力が集中するため、面積を広げるほど機械化が前提になります。秋田県の6.6ヘクタール規模の露地小ギク産地では、うね内部分施用機・半自動乗用移植機・小ギク一斉収穫機・切り花調整ロボットを導入し、労働時間を10アール当たり671時間から457時間へ約32%減らしました。収穫と出荷の作業だけを見れば56%の削減です。

あわせて電照栽培で需要期出荷率95.5%を達成しており、省力化と計画出荷は同時に進めるほど効果が出ます。就農時にこれらをすべてそろえる必要はありません。まず電照で出荷時期を安定させ、面積を広げる段階で収穫・調整の機械を足す順序が現実的です。

使える補助金・資金

菊で新規就農する場合に使える公的な支えは、就農者への交付金、機械・設備への補助、そして価格や災害に備える保険です。

制度対象受けられる内容
経営開始資金就農直後の生活費月13.75万円・最長3年。原則49歳以下
経営発展支援事業電照設備・機械・ハウスの初期投資事業費の2分の1、上限1,000万円(経営開始資金と併用時は500万円)
青年等就農資金設備・機械の初期投資無利子の借入。都道府県の就農計画の認定が前提
ジャパンフラワー強化プロジェクト産地の生産性向上・需要拡大の取組産地単位で申請。省力機械・技術導入の支援
収入保険天候不順・価格下落による収入減保険料・積立金の一部を国が負担
園芸施設共済ハウスの風水害・雪害掛金の一部を国が負担

花きは天候不順で出荷時期がずれると需要に合わず、単価が振れやすい品目です。収入保険に加入する花き経営体は近年で約3倍に増え、直近では6,481経営体になりました。産地単位の支援の中身は花き生産者が活用できる補助金の解説、就農資金の要件は経営開始資金・就農準備資金の解説で確認できます。いずれも予算の範囲内での採択で、要件を満たしても必ず交付されるとは限りません。

菊づくりを始めるまでの流れ

菊は出荷の時期を当てられるかどうかで経営が決まります。準備の順序は次のとおりです。

  1. 作型を決めます。露地の夏秋小ギクはお盆と彼岸を狙い、施設の輪ギクは冬と春の需要期を狙います。加温費を負えるかどうかで選択が変わります。
  2. 都道府県の農業改良普及センター、JAの花き部会、市町村に就農相談をします。産地がどの作型と品種で出荷しているかを確認します。
  3. 研修先で1年を通し、定植から芽かぎ・電照管理・収穫調整までを経験します。産地の研修制度を使えば就農準備資金の対象になります。
  4. 園地を確保します。電照を前提にするなら、電源の位置と電設工事費を必ず見積もってから決めます。
  5. 就農計画をつくって都道府県の認定を受け、経営開始資金・経営発展支援事業・青年等就農資金を申請します。
  6. 電照栽培の品種と点灯期間を産地の基準に合わせて設定し、需要期に開花を寄せます。
  7. 初年度から収入保険または園芸施設共済に加入し、天候不順と単価の振れに備えます。

よくある質問

菊農家の収入はどれくらいですか

福島県の経営モデルでは、小ギク50アールを家族2名で作った場合の年間所得は慣行栽培で156.9万円、電照栽培で222.7万円です。10アール当たりでは56万円から70万円になります。施設の輪ギクなら、香川県のモデルで施設20アールと露地20アールの組み合わせで年収530万円という水準です。小ギク単独で生計を立てるのは難しく、水稲や他の露地品目と組み合わせる経営が産地では一般的です。

電照栽培の費用はどれくらいかかりますか

10アール当たり82.6万円が目安です。内訳は電設工事費60万円、防水ソケット6.5万円、電照支柱5.9万円、配線ケーブル5.0万円、電球4.0万円、タイマー1.3万円です。電設工事費は園地と電源の距離で大きく変わるため、地域差があります。年間の電気代は赤色LEDで1.98万円、白熱電球で5.18万円です。

電照栽培にすると本当に手取りが増えますか

需要期に出せるようになる分だけ増えます。福島県の試算では、平均単価が1本10円上がれば電照の経費を差し引いても10アール当たり14万円の収益向上になります。経営モデルでは所得が42%増え、時間当たりの所得も1,393円から1,805円へ上がります。単価が上がる理由は品質ではなく出荷時期で、季咲き品種の無電照ではお盆の需要期出荷率が60.6%、電照では95.9%です。

小ギクと輪ギクはどちらが向いていますか

設備と労力をどこまで負えるかで決まります。小ギクは露地栽培なのでハウスが不要で、電照設備だけで始められます。輪ギクは施設と冬の加温が必要で10アール当たり1,330時間の労働がかかりますが、単価が高く年収の水準も上がります。まず露地の小ギクで需要期出荷の技術を身につけ、施設の輪ギクへ広げる進め方が無理がありません。

菊の需要は減っていませんか

キクは花きの産出額で1位の593億円を占め、仏花・葬儀・装飾という需要は続いています。近年は天候不順で出荷量が減り、切り花全体の平均価格は高値で推移しています。むしろ課題は需要側ではなく供給側で、生産規模の縮小と高温による出荷の前後のずれによって、需要期に品物が足りない状況が起きています。需要期に確実に出せる生産者にとっては条件のよい局面です。

キーワード解説

電照栽培

夜間に照明を当てて日長を長く感じさせ、花芽ができるのを抑える栽培方法です。キクは日が短くなると花芽をつける短日植物なので、点灯をやめる日を調整すれば開花日を寄せられます。小ギクの夏秋作型では、これによりお盆や彼岸の需要期に出荷を合わせられます。光源は白熱電球と赤色LEDがあり、電気代と電球代のバランスで選びます。

需要期出荷率

その作型の出荷のうち、お盆・彼岸などの需要期に出せた割合です。小ギクでは単価が需要期に集中して高くなるため、この率が所得を左右します。季咲き品種の無電照栽培では60.6%ですが、電照栽培を導入した実証では95.5%から95.9%に達しています。

芽かぎ

茎の脇から出るわき芽を手で取り除く作業です。1本の茎に養分を集めて規格に合う切り花にするために行い、輪ギクの施設栽培では10アール当たり500時間かかります。菊の労働時間で最も大きい作業で、面積を広げるときの制約になります。